東京大学政策評価研究教育センター

背景:女性活躍のための育児休業政策

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画像提供:freeangle / PIXTA(ピクスタ)

安倍晋三首相は2013年4月19日、「成長戦略スピーチ」で改めて「女性の活躍」を成長戦略の中核と位置づけ、「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする」目標に言及し、徐々に改善しつつあるもののヨーロッパ等の諸外国と比べると依然として困難が存在し、「いまだに、多くの女性が、育児をとるか仕事をとるかという二者択一を迫られている現実があります」と述べた。そして、「待機児童解消加速化プラン」「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」「子育て後の再就職・起業支援」の3つの方針を表明した。中でも、「3年間抱っこし放題」は、経済界に3年間の育児休業(育休)を要請したもので、当時話題を集めた。

産前・産後休暇に続く育休期間は、当時から原則として子どもが1歳になるまで(約1年間)である(図1参照)。そして、保育所に入所できない等の場合には1歳6カ月までの延長、2017年10月からは2歳になるまでの延長が認められた(最長2年間)。2018年11月現在でも、一般的な労働者の3年間の育休は法的には認められていない(公務員は別途法律で定められている)。

図1 出産・育児に伴う休暇・休業期間


2000年台半ば以降、子ども・子育て関連の政策は育休制度の充実化も含めて多岐にわたって進められており、実際に子育て世代の女性の就業率はこれまで徐々に上昇してきた(CREPEフロンティアレポートシリーズ「背景:子ども・子育て政策の効果はどのように評価できるのか?」参照)。しかし図2のように、依然として非正社員・職員として就業する女性は多く、平均的な勤続年数も男性と比べて短く、賃金格差も存在し続けている。また図3のように、日本の女性の管理職比率が低さはたびたび指摘されてきた。安倍首相が上記スピーチで言及した指導的地位に占める女性の割合を「2020年までに30%」という目標は「男女共同参画推進連携会議」でも示されているが、管理職という面では目標からはほど遠い状況にある。

図2 女性の就業環境の推移:非正規比率、平均勤続年数、平均月齢賃金

(注) 非正規比率は、役員を除く雇用者数に占める正社員・正職員以外の雇用者数の割合。勤続年数は男女ともに一般労働者(正規+非正規+その他)の平均年数。賃金は、一般労働者のきまって支給する現金給与額(月当たり、規模10人以上)。
(出所)厚生労働省 「平成29年版 働く女性の実情」 、「賃金構造基本統計調査」、および総務省統計局「労働力調査」より作成。


図3 各国の就業者及び管理職に占める女性の割合

(出所) 労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2018』より作成。


「育休3年」要請が注目を集めたのは、当時から待機児童問題への関心が高まっていたことにもよるだろう(後の2016年には、「保育園落ちた日本死ね」というワードがユーキャン新語・流行語大賞のトップテンにノミネートされた)。子どもを預けられない場合には、仕事復帰が保証され、公的な育児休業給付金(2013年当時は休業開始前賃金の50%、2014年4月からは育休取得開始後180日は67%でそれ以降50%)を受けられる育休制度の存在はありがたい。その一方で、長く職場を離れていると仕事上の知識やスキルが徐々に衰えてしまうおそれがある。加えて、上司や同僚との関係性などについて不安に思うこともあるだろう。育休を3年間まで取得できるというオプションは働く女性にメリットが大きそうにも感じられるが、デメリットも存在すると考えられるため、きちんと検証しないと実際の効果はよくわからない。しかし、この施策は現実にはまだ実施されておらず、データを用いた事後的な検証が不可能だ。

こうした未実施の施策の効果をについて、事前に理論とデータに基づいて精緻な予測を行おうとした論文が、「CREPEFR-8の論文プレビュー」で紹介するYamaguchi (2019) だ。この論文では、「構造推定」と呼ばれる手法を用いて、上記の育休3年政策の効果予測を行っている。構造推定は、ざっくり言うと次のような手順で行われる。

(1) 経済理論に基づいて人々が行う意思決定のパターンを記述した模型(数理モデル)を作る。

(2) その模型が描く人々が織りなす世界に実際のデータに当てはめ、すでに実施された政策が人々の意思決定に及ぼしてきた影響(政策への反応度)を捉え、情報として模型に盛り込む。

(3) それらの情報が盛り込まれた模型を使い、起こりうる変化や仮想的な政策が生じたとして、将来どのようなことが起こるかをコンピュータ・シミュレーションによって予測する。

構造推定アプローチによって、「将来もしこうなったら」という場合の予想を、経済理論と現実のデータが示す根拠に基づいて実施できる。シミュレーションの背景には経済理論に基づく因果関係が規定されており、恣意的になってしまいがちな機械的に数値を引っ張る簡易予測とは異なり、施策に対する人々の反応のメカニズム(構造)を明らかにすることができる。

この論文を執筆した山口慎太郎氏は、アメリカの大学で博士号を取得しカナダの大学で教え、計15年以上の北米生活を送ってきた。そこで同氏が目にしたのは、家庭と仕事の調和を図りながらマネジャーとしてバリバリ働く女性や、次々と新しい成果を発表する女性研究者たちの姿であった。日本と北米で、労働市場における女性の活躍ぶりが大きく異なっていること肌で感じた同氏は、なぜ日本の女性たちが諸外国の女性と同じように労働市場で活躍できないのかについての原因を突き止めるために、日本の労働市場や保育政策の分析に精力的に取むようになった。

はたして、育休を3年まで延長可能とするという施策は、女性たちの人生の意思決定にどのような影響を与えたのだろうか。公的な育休制度が存在しない場合や、期間1年の場合と比べて、働きやすく、子どもを産みやすい環境となったのだろうか。その結果について、まずはぜひ「論文プレビュー」を参照してほしい。

「論文プレビュー:育休が伸びると女性は働きやすく・生みやすくなるのか?」へ

CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。