東京大学政策評価研究教育センター

補論:Hirano and Yanagawa (2017)

論文:Tomohiro Hirano and Noriyuki Yanagawa, "Asset Bubbles, Endogenous Growth, and Financial Frictions," The Review of Economic Studies, 84: 406-443, 2017.
平野智裕(東京大学)・柳川範之(東京大学)


画像提供:Rawpixel / PIXTA(ピクスタ)

この補論では、「論文プレビュー」で解説したHirano and Yanagawa (2017) の主要な論点のうち、さらに進んだトピックについて紹介する。Hirano and Yanagawa (2017) の「論文プレビュー」では、以下の3つの問いに焦点について、金融システムの質という概念を軸に説明した。

(1) 金融システムの質とバブルがどのような関係にあるのか。
(2) バブルは実体経済にどのような影響を与えるのか。および、その影響は金融システムの質とどのような関係にあるのか。
(3) バブル崩壊後の経済成長経路は金融システムの質とどのような関連があるのか。

ここではHirano and Yanagawa (2017) の理論に基づいて、さらに以下の3つの論点についての議論を紹介しよう。

(4) 技術革新とバブルがどのような関係にあるのか。
(5) バブルはそもそも人々の経済厚生にどのような影響を与えるのか。
(6) 安全なバブルは常に最適か。

(4) バブルと技術革新
さらなる結果として、技術革新とバブルの関係について触れておこう。本論文の著者の1人である平野氏の共同研究者である米国コロンビア大学&プリンストン大学のJose Scheinkman教授は、自身の論文や著作の中で、資産バブルは技術革新や金融革新と関連が深いことを指摘している。歴史的に見ても、資産バブルは、新たな技術・金融革新の到来時期に生じている傾向がある。

Hirano and Yanagawa (2017) は、技術革新と資産バブルの関係についても明らかにしている。たとえば、当初は、技術革新が低迷しているために経済成長率が上がらず、資産バブルが起こりえない状況のある経済において、新たな技術革新が起こったとしよう。技術革新は、言うまでもなく経済成長率を高める効果をもつ。技術革新に伴って金利も上昇しバブルの成長率も高まるが、新規株式発行や借り入れを利用して投資する場合には、レバレッジ効果 が働くため、経済成長率を押し上げる効果がバブルの成長率を高める効果よりも大きくなりうる。つまり技術革新が起こる結果、バブルの膨張が持続可能となり、経済は資産バブルが発生する状態へ突入するのである。さらに、下記で説明するように、経済が、バブルが発生する状態へと突入しバブルが発生すると、今度はバブルそのものが技術革新を伴う革新的な企業への投資を促進し、経済成長率をさらに高める効果をもつ。このように技術革新と資産バブルは、双方にお互いを強化し合う相互依存関係にある。

このことから、バブルは経済に正の影響を与えうることがわかる。たとえば、1990年代後半に米国で生じたITバブルを考えてみよう。このITバブルは、技術革新とバブルの関係を示す分かりやすい一例でもある。このITバブルの間に、Googleをはじめとする多くのネット関連のベンチャー企業が急成長を遂げた。ITバブルによって資金調達が容易になり、このことが多くのネット・ベンチャー企業の研究開発や事業拡大を後押しすることになった。たとえバブルが崩壊したとしても、それまでの間に開発・蓄積された技術はバブル崩壊後も残る。もしITバブルによるネット・ベンチャー企業の活性化がなかったならば、インターネット技術が今日の水準にまで発展する時期は、より遅れていたかもしれない。この意味で、ITバブルは技術革新を推し進め、経済に大きな正の効果をもたらしたと言えるだろう。これは、バブルの光の側面である。もっとも、不動産・住宅バブルの場合には、借り入れが絡む。とりわけ、日本経済が経験したように、バブル崩壊によって金融システムが深刻なダメージを受ける場合には、バブル崩壊後の後始末に多大なコストが掛かる。このようなバブルが望ましくないのは当然だろう。

(5) バブルが経済厚生に与える影響と政策含意
バブルが人々の経済厚生に与える影響についても説明しておこう。バブルが経済厚生に与える影響は、バブル資産に手を出している投機家(先に説明したように、投機家は実物投資を行う企業家でもある)と、そうでない労働者では決定的に異なる。なお、Hirano and Yanagawa (2017) の分析では、労働者は明示的に入っていないが、論文の脚注でも述べられているように、労働者も加えたモデルへの拡張も可能である。バブルの経済厚生への影響を説明するうえでは、投機家だけでなく、労働者も加えたバージョンで説明をする。拡張版のモデルでは、労働者はバブルには手を出さず、生活のために働いて所得を得る主体である。

まず、投機家の経済厚生に与える影響を説明しよう。投機家にとっては、バブルが長期的に経済成長率を上げる場合でも下げる場合でも、かつ、将来崩壊すると予期されていたとしても、バブルは投機家の経済厚生を高める。これは次の理由による。

投機家は、バブルが起こると資産価格の上昇によって大幅な正の資産効果による恩恵を受ける。さらにバブルには、消費の平準化効果を強める働きがある。一般に、貸し借りが十分にできる経済や、将来のリスクに備えた保険市場が十分に機能している経済では、個々の経済主体は、様々なショックに見舞われても、借り入れや保険を通じて、消費の変動を抑えることができる。ところが、金融市場が未発達な経済では、様々なショックにより消費も大きく変動してしまう。この変動の高まりは、経済主体の経済厚生を下げる。実はバブルには、こうした変動を抑え消費を平準化させる働きがある。先に述べたように、Hirano and Yanagawa (2017) では、個々の投機家は生産性が高くなったり低くなったりする個別ショックに直面すると想定している。この個別ショックにより、金融市場が未発達な経済では消費も大きく変動する。このときバブルが起こると、バブルは生産性の低い状態のときにリターンの高い貯蓄手段を提供する。その結果、生産性が高いときと低いときのリターン格差が小さくなり、これが資産の変動を小さくすることで消費の平準化を高める。このことは、バブルには個別ショックに対する保険の役割があることを意味する。

これら2つの効果は、経済厚生に正の影響をもたらす。しかし反対に、バブルには投機家の厚生を下げる効果もある。1つはバブルが崩壊すると投機家は損をすることによる。もう1つは、バブル崩壊で被る損失により消費の変動が高まるが、危険回避的な投機家はこの変動を嫌う。

このように、バブルは投機家の経済厚生に対して相反する2つの効果をもたらすが、Hirano and Yanagawa (2017) では、バブルが生じるすべての場合において、投機家については厚生を高める効果が下げる効果を上回ることを明らかにした。つまり、バブルは投機家の経済厚生を高めるのである。

他方で、労働者の経済厚生に与える影響は異なる。すなわち、バブルが長期的に経済成長率を高める場合には、賃金が上昇することで、バブルは労働者の経済厚生を高めるが、長期的に経済成長率を下げる場合には賃金の低下をもたらし、経済厚生を下げることになる。

バブルがもたらすこのような非対称な厚生効果は、たとえるならば、元FRB議長Ben Bernankeの「Wall Street VS. Main Street」の話に近い。すなわち、投機目的でバブルを売ったり買ったりしているWall Streetの人達からすると(Hirano and Yanagawa (2017) で言う投機家)、自分たちの行動がマクロ経済にどのような影響を与えようが、バブルによって彼らは得をする。しかし、Wall Streetの人達が取る行動の結果としてマクロ経済が影響を受け、そのあおりを受けて一般国民(労働者)は大きな影響を受ける。これは経済理論で言う、金銭的外部性が生じている状況を意味する。つまり、Wall Streetの人達の行動がバブルを生み出すにもかかわらず、彼らは自分達の行動がマクロ経済を通じて一般国民に与える影響を考慮に入れない。経済成長率を高める場合には、Wall Streetの人達の行動は一般労働者にも良い影響をもたらし正の金銭的外部性を生み出すが、成長率を下げる場合には負の金銭的外部性を生み出す。

以上の、投機家と労働者それぞれに対するバブルの厚生インパクトの結果は、政策含意を持つ。バブル規模が小さく、バブルが長期的に経済成長率を高める場合には、バブルは全員の経済厚生を高める。したがって、そのようなバブルはむしろ歓迎すべきだろう。他方で、規模の大きな資産バブルに対しては、金融規制を導入して投機活動の過熱を抑え、経済成長率を高めることが可能となる。経済成長率が高まれば、労働者だけでなく投機家も恩恵を受けるだろう。

(6) 安全なバブルは常に最適か
バブルに関しては、しばしば、「バブルはいずれ潰れるから望ましくない。仮に政府が潰れないようにバブルを管理できるのであれば、それが最適だろう」と言われる。平野氏と柳川氏が2014年にノーベル経済学賞を受賞したJean Tirole教授とバブルに関して議論をした際にも、Tirole教授から真っ先にこの点を指摘されたという(なお、Tirole教授は1980年代半ばにバブルに関して先駆的な研究を行った学者でもある)。しかし、Hirano and Yanagawa (2017) は、実は必ずしもその指摘通りではないことも証明した。すなわち、崩壊することが事前に予期されたバブル、すなわち、リスクの高いバブルと、崩壊が予期されないバブル、すなわち、安全なバブルを比べると、実はリスクの高いバブルの方が経済厚生の観点から見て望ましくなりうるという、一見すると直観に反する結果を証明したのである。これは安全なバブルの場合には、バブルに対する需要が増え、バブル規模が大きくなる。その結果、バブルのクラウド・アウト効果が強まるためである(議論の詳細は、Hirano and Yanagawa (2017) のAppendixを参照してほしい)。

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CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。