東京大学政策評価研究教育センター

CREPEFR-9 東日本大震災の経験は人々の「リスク」に対する考え方をどう変えたか?

著者:花岡智恵(東洋大学)・重岡仁(サイモンフレーザー大学)・渡辺安虎(東京大学)


画像提供:にこまる / PIXTA(ピクスタ)

Executive Summary

Background(問題意識)
伝統的な経済理論は、人々の選好(好み)は「時間を通じて変わらない」という前提で構築されてきた。しかし近年の実証研究では、「リスクを許容するか回避しようとするか(リスク選好)」「将来を重視するか今を重視するか(時間選好)」「他者の状況や行動をどの程度気にして自身の行動を選択するか(社会的選好)」などのさまざまな選好が、ネガティブなショックの後で変化しうるという結果が報告されている。しかし、それらの研究は実験室での実験や特定カテゴリの人々を対象とした研究が多く、またショックの前後の状況を捉えたデータを用いた分析も少ない。そうした中で、本論文は東日本大震災の前後を含んだ全国規模のデータを用い、震災が人々のリスクに対する選好をどのように変えたかを分析した。

Methods & Data(分析方法とデータ)
分析には、大阪大学社会経済研究所による全国規模のパネル調査「くらしの好みと満足度についてアンケート」のデータを用いた。同調査には、「リスクに対していくら支払うか」を尋ねる質問があり、その回答結果をリスク選好の指標とした。それに、調査対象者の居住地域ごとの「震度」のデータを結合して分析を行った。分析の基本的な枠組みは「差の差(difference in difference: DID)推定」である。震度0の地域の居住者を影響なしの集団、震度1~7地域の居住者を影響ありの集団とし、さらに震度の強さでも区別して分析した。

Findings(主な結果)
震災前と約1年後の短期的な影響と、約5年後の長期的な影響について、男女ごとに区別してリスク選好の変化を検証した。短期的な影響では、特に震度4を境により強い揺れを経験した男性ほど、リスクを許容するようになる方向での変化が見られ、ギャンブルの頻度が増えるといったリスクを伴う行動の面でも、リスク選好の変化と整合的な結果が見られた。女性については、わずかにリスクを回避するようになる方向への変化が見られたものの、男性ほど強い影響は見られなかった。長期的な影響では、5年を経てもなお、短期分析で見られた変化がほぼ同水準で残存していることが確認された。

Interpretation(解釈、示唆)
本研究は、震災というネガティブなショックの影響として、リスク選好が変化し、かつ長期にわたって残存することを明らかにした。リスク選好は人々の経済行動の決定要因の1つなので、この結果は、震災が人々の経済行動を根本的に変えてしまう可能性があること示唆している。一方で、本研究では選好変化の心理的なメカニズムの解明までには至っておらず、今後のさらなる研究の進展が望まれる。

背 景

「災害の経験」の影響をデータで読み解く

論文プレビュー

東日本大震災の経験は人々の「リスク」に対する考え方をどう変えたか?

論文へのリンク

Chie Hanaoka, Hitoshi Shigeoka and Yasutora Watanabe (2018) "Do Risk Preference Change? Evidence from the Great East Japan Earthquake," American Economic Journal: Applied Economics, 10(2): 298-330.

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)