東京大学政策評価研究教育センター

背景:高齢化社会と医療費ー将来のリスクに備えるために何が必要か?



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高齢化の進行に伴う社会保障財政の問題への懸念が強まっている。中でも、高齢化に加えて医療の高度化や高額医薬品など話題もあいまって、医療費は特に注目が集まっている。実際、自己負担分も含めた一般的な医療の費用を示す国民医療費は、図1にも示したように、2007年から2015年まで9年連続で過去最高額を更新しながら上昇して、2015年時点で42.2兆円に達したという報道がなされるなど(「国民医療費42兆円超、9年続けて過去最高」『朝日新聞』2017年9月14日付) 、かねて多くの関心が寄せられてきた。現在日本では、すべての国民が何らかの公的医療保険に加入し、少ない自己負担で必要な医療が受けられる国民皆保険が実現していると言われており、さらには高額療養費制度のようなサポートもある。しかし最近では、将来もそうした制度が維持できるのかどうかについては、不安の声を耳にする機会も多いのではないだろうか。

図1 医療費と介護費用の推移(単位:兆円)

(注) 医療費は国民医療費ベース(2016年は概算医療費)、介護費用は介護保険事業報告年報ベース。どちらも自己負担を含む費用額を示す。

医療費が上昇している主な要因として、年々進む高齢化と、高額薬剤や医療の進展に伴う高度化がよく指摘される。日本の高齢化は今後さらに急速に進むことが確実視されている。特に、団塊世代が後期高齢者となるのと絡めた「2025年問題」は、メディアでも頻繁に話題になっている。また、医療の高度化が全体の医療費に与える影響にも関心が集まっており、中央社会保険医療協議会(中医協)で様々に議論がなされてきた。最近では、高額な抗がん剤のオプジーボが、中医協での議論を経て半額に価格改定されたことも話題になった。

図1には、医療費とともに介護費用の推移を示している。これを見ると、医療費だけでなく介護の費用も上昇を続けていることがわかる。医療も介護も、1に当たりで掛かる費用は高齢者がより高いことが指摘されている。ただし、特に医療は、高齢者だけではなく、幼少期から壮年期にかけても利用される。厚生労働省が報告している1人当たり医療費の年齢分布を見ると、幼少期の金額は相対的に高く、その後低下して低めに推移するが、40歳以降から徐々に上昇する傾向が強くなる(厚生労働省「医療保険に関する基礎資料:平成27年度の医療費等の状況」)。一方、介護は、80歳以上の高齢者の中でもさらに高齢な人々が利用する割合が大きい(厚生労働省「介護給付費実態調査」)。今後急速に高齢化が進んでいく中で、介護費用は医療費よりも急激な上昇傾向を見せることになるかもしれない。また、医療・介護の費用は将来に向けてさらに上昇していくという見通しも示されている(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」平成30年5月21日)。

社会の中で高齢者の割合が増えるということは、医療・介護が必要となる健康リスクに直面する人々が増えていくことにもつながる。社会保障制度への不安もある中で、今後ますます、私たち個人が将来のリスクに備えることが重要となっていくだろう。しかし、「将来のリスクに備えよう」というのは、簡単なことではない。そこでもし、自分が何歳くらいのときに、どの程度の医療費を支払うことになりそうか、それはどの程度続くことになりそうか、などといった将来の健康リスクと費用リスクを前もって予測できたとすれば、将来の人生設計にも非常に役に立つのではないだろうか。

こうした予測は、私たち個人だけでなく、民間の保険会社や、社会保障制度を運営する政府なども役立てることができるだろう。保険会社は、もし加入者の健康リスクを予測できれば、それに基づいて適切な保険商品を開発し、価格設定も検討することができる。高齢化が進んでいく中では、保険加入を希望する顧客の中に健康リスクの高い人々が今まで以上に多く含まれる可能性が高くなる。適切な予測のもとで顧客の健康リスクを評価し、保険商品の商品開発や価格設定に活用することの重要は一層高まるだろう。また政府も、社会保障制度の改革を進める際に役立てることができる。どんな人がどの程度の健康リスクに直面しているか適切に予測できれば、より適切に全体の社会保障ニーズを把握することができるだろう。

しかし、人が生まれてから亡くなるまで、いつ、どのくらいの医療費が必要となるかを正確に予測することなど不可能ではないかと思われるかもしれない。これまで、医学や公衆衛生学はもちろん、経済学において、医療ニーズの予測の研究は数多く蓄積されてきた。「論文プレビュー」で紹介する、2018年に発表された深井太洋氏、市村英彦氏、金澤匡剛氏らによる研究("Quantifying Health Shocks over the Life Cycle")は、どんな人が、どのような場合に急激な医療費支払いのリスクに直面するかについて、これまでの研究を踏まえてより正確に予測し、さらにその医療費支払いがどの程度継続するかなどを分析したものである。この研究の発見事実や示唆を活用し、さらに発展させていくことで、幅広い場面で重要なエビデンスとして活用することができるだろう。 

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CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。