東京大学政策評価研究教育センター

背景:東日本大震災のショックはなぜ全国に波及したのか?




東日本大震災がもたらした被害

「東日本大震災が発生した2011年3月11日から、今年(2021年)で10年が経過した。この間も、日本ではたびたび大規模な地震や豪雨による水害などの自然災害が私たちを襲い、生活を脅かしている。自然災害による住居の損傷、インフラや企業の生産設備、輸送網の毀損、さらには長期にわたる避難生活など、私たちはたびたびその影響の大きさを実感させられている。

とはいえ、東日本大震災の規模はとりわけ大きいものだった。東北地方太平洋沖で発生したマグニチュード9.0の本震は、日本がかつて経験した中で最大規模の地震であり、世界でも1900年以降で5番目に大きなものだった。加えて、本震の直後に発生した大津波の被害も非常に大きなものだった。東北・関東地方の海岸線561平方キロメートルという広域にわたって浸水し、甚大な人的・物的被害をもたらした(国土地理院「国土地理院東日本大震災調査報告会」2011年6月)。さらに、福島県双葉郡大熊町・双葉町に位置する福島第一原子力発電所事故が発生し、福島県民9万9000人が避難する事態となった。2021年現在でも周辺地域には帰還困難区域が残っており、事故の処理や廃炉への対応が続いている。

東日本大震災の人的・物的被害の概要を具体的に確認すると、死者数は2020年3月10日時点で約2万人、40万件を超える住家の全壊または半壊が報告されている(政府緊急災害対策本部「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について」)。物的被害の多くは、青森県、岩手県、宮城県、福島県の沿岸部に集中していた。インフラ被害は甚大で、当時の政府推計によれば被災した県の資本損失は16.9兆円に上り、そのうち建物(住宅、施設、工場、設備)の破壊による資本損失が10.4兆円であった(内閣府「東日本大震災における被害額の推計について」2011年6月)。

こうしたショックは、被災地域の経済活動を大きく後退させた。2010年度の上記の被災4県で平均した実質GDP成長率は0.7%であったが、2011年度には-1.5%へと2.2%ポイントも低下した。また日本全体で見ると、2010年度は2.6%、2011年度は2.2%と0.4%ポイントも低下した。ただし、国民経済計算を見ると日本全体に占める被災4県のGDP規模は約4.6%と小さく、単純に計算すれば4.6%×2.2%で約0.1%の低下に過ぎないはずだ。しかし、実際には日本全体でその4倍もの低下が生じていた。生産規模が必ずしも大きくない東北4県の沿岸部に被災地域が集中していたにもかかわらず、日本全体では単純計算以上に大きな影響が見られたのである。もちろん、このすべてが震災の直接的な人的・物的被害によるものではないだろう。特に、原子力発電所の停止に伴って東北電力と東京電力の関東地方の広範囲にわたって実施された計画停電による電力供給制約は、大きなマクロショックであった。その他にも復興に向けた財政支出の増大などさまざまな要因があり、GDP低下を招いた要因やそれぞれの規模を特定するのは非常に難しい。

次に、震災の経済的影響とその後の推移を製造業に着目して見てみよう。図1は、経済産業省が公表する「鉱工業生産指数」の毎月の対前年同月比の変化を、被災4県と日本全体の2011年1月から2012年2月の期間の推移を示している。この指数は、製造業と鉱業の生産活動の動向を表すものだ。これを見ると、震災が発生した3月に被災4県では40%、全国では13%程度と大きく低下している。その後は徐々に回復し、被災4件では前年に対して3%強の減少、全国では2012年に入る頃には前年とほぼ同水準にまで回復した。

図1 鉱工業生産指数変化率の推移(対前年同月比)

(出所)Carvalho, Nirei, Saito and Tahbaz-Salehi (2021)、Figure IIより。


ショック拡大の鍵はサプライチェーン?

電力供給制約等以外にも、直接的な被害を受けた4県へのダメージが日本全国に広がった要因として重要だと考えられるものがある。その1つは、企業間の生産体制の連鎖だ。私たちが使っているスマートフォンや家電製品、自動車などは発売元メーカーだけがつくっているわけではない。国内外の数多の企業が生産する数千・数万にも及ぶ部品が集まって、私たちが手にする最終製品がつくられる。その過程で投入される部品や付随するサービスは「中間財」「中間投入」などと呼ばれている。中間財の金額規模は、実はGDPに匹敵するほど大きく、2015年における中間投入額は約470兆円と報告されている(総務省「平成27年(2015年)産業連関表」)。私たち消費者が購入する製品の背後には、中間財をめぐる複雑な取引と生産の連鎖が存在するのだ。

このような連鎖は、「サプライチェーン」と呼ばれている。現在、製品はどんどん複雑化し、取引関係も国内外へと拡大している。たとえばiPhoneを発売するアップルには、日本を含むアジア諸国のメーカーも部品を供給している。さらに、取引が長期に及んでくれば、相手にあわせて設備への投資が進んだりすることで、互いに他社に代替しにくい深いつながりになっていくかもしれない。サプライチェーンを通じた企業間のつながりを強めることで、より効率的な生産を安定的に継続できるなどのメリットが双方にあるからだ。実際、トヨタ自動車などは自社の関わりの深いサプライヤーとの長期継続的な取引体制を有効に活用してきたことで有名だ。

しかし、こうしたサプライチェーンの拡大や深化にはリスクも潜んでいる。たとえば、サプライチェーンのネットワークがグローバル規模になれば、遠い国の企業が被った何らかのショックが波及してくる可能性がある。また、他社から購入する部品が代替の効かないものだと、そのサプライヤーの部品生産が何らかのアクシデントでストップした場合に、部品の購入先企業も連鎖的に生産が滞ってしまうかもしれない。このリスクが顕在化したのが、東日本大震災だった。実際、当時の新聞では震災によって東北地方の企業の生産がストップしたことが、トヨタ自動車全体の生産体制への非常に大きな影響を与えたことと、復旧のために総力を上げて取り組んだことが報じられている(「自動車生産、世界を驚かせた総力戦 震災から復旧加速」『日本経済新聞』2011年6月12日付)。また当時、被災地において幅広い業種の企業の生産体制が被害を受け、その立て直しとサプライチェーンの復旧が急務とされたことは、内閣府が2012年7月に公表した『平成24年度 経済財政白書』でも詳しく論じられている。そして、大震災の経験は各企業が事業継続計画(BCP:Business Continuity Pran)を見直す契機となり、政策的にもサプライチェーンに潜むリスクへの備えについて議論された。

局所的なショックはどのようにマクロに波及するか?

それでは、被災4県を直撃したショックはサプライチェーンを通じてどのように伝播したのだろうか。また、それによるインパクトはどの程度のものだったのだろうか。この問いに、企業単位のビッグデータと経済学の理論を駆使して挑んだ研究が、東京大学の楡井誠氏らのチームが発表した論文、Carvalho, Nirei, Saito and Tahbaz-Salehi (2021) だ。

この研究では、サプライチェーンのネットワーク構造に焦点を当て、局所的なショックが経済全体へと広がるメカニズムの解明と、その影響の評価に取り組んだ。先にも触れたように、企業が強固なサプライチェーンを形成することには大きなメリットがある。実際、多くの企業がサプライチェーン・ネットワークを作り上げてきた。一方で、このネットワーク構造は思わぬ脆弱性を露呈してしまうことは、東日本大震災の事例からも明らかだ。楡井氏らの研究は、企業単位の詳細かつ大規模なデータとマクロ経済学の理論を組み合わせることで、このメカニズムの解明と影響の大きさを数量的に評価したものである。

この研究は、震災後に齊藤有希子氏(現・早稲田大学)が行っていた企業間ネットワークとショックの波及に関する研究の話を聞いたケンブリッジ大学のCarvalho氏が関心を持ったことがきっかけとなり、シカゴ大学でCarvalho氏と同じ指導教官のもとで学んだ楡井氏も加わり3名でスタートした。齊藤氏は、当時から東京商工リサーチ(TSR)等が保有する詳細な企業データを使った研究に取り組んでいた。このデータには、各企業の業績情報のみならず取引構造に関する情報も含まれている。こうしたデータを使って、大震災が及ぼしたショックがサプライチェーン・ネットワークを通じてどのように波及していったかを検証するというのが、もともとの問題意識だ。企業間の取引ネットワークに関するデータが、各企業が受けた震災ショックのマクロ経済への伝播するメカニズムを解明するカギになるのである。

その後、TSRのデータを活用して研究を進め、新たにTahbaz-Salehi氏も研究チームに迎えてマクロ経済を捉える理論モデルを構築し、最終的な研究成果を発表するに至った。この研究の特長は、個々の企業同士というミクロのつながりがマクロ経済に及ぼす影響を捉えた点にある。企業間での取引については、特に産業組織論や組織の経済学などの分野で研究が蓄積されてきたものの、それをマクロ経済につなげた研究は多くはなかった。TSRのデータは、規模の大小を問わず日本全国の企業情報を網羅したビッグデータであり、企業同士のつながりを詳細に観察することができる。このデータでミクロの企業行動を捉え、マクロ経済モデルと組み合わせることで、ミクロのショックがマクロに及ぼすインパクトの大きさを描き出すことに成功したのが彼らの研究である。

楡井氏によれば、当時震災の被害を目の当たりにして、自身も経済学者としてこの問題に何か貢献しなければと感じたという。また、当時在籍していた一橋大学で同僚であった齊藤誠氏が大震災の影響や原発事故に関する詳細な研究を発表している姿に刺激を受け、自身も震災の影響を分析し、記録として残しておかなければと強く思うようになったという。そうした思いから、長い年月をかけて研究を進めて結実した成果が、本研究Carvalho, Nirei, Saito and Tahbaz-Salehi (2021) である。ミクロのショックがサプライチェーンを伝ってマクロに与えた影響はどのように評価できるのか、そのためにTSRのデータがどのような力を発揮したのかは、ぜひ「論文プレビュー」をご参照いただきたい。

「CREPEFR-15 論文プレビュー:サプライチェーンに潜むリスク――東日本大震災の経験からのメッセージ」へ

CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。