東京大学政策評価研究教育センター

背景:ビッグデータを活かすにはエキスパートが描く設計図が必要



画像提供:K@zuTa / PIXTA(ピクスタ)

ビッグデータ、AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)などはもちろん、機械学習やディープラーニングなど一昔前は専門用語であったようなワードまでネット上や新聞、ビジネス誌で目にするようになって久しい。2004年以降のGoogleトレンドの検索人気度を見ると、図1のような推移となっている。「データ分析や統計学は重要だ」という認識自体は、広く定着しつつあるのかもしれない。

図1 Googleトレンドによる検索ワード人気度の推移

(出所) Googleトレンドより2004年1月~2018年9月のデータを抽出。

特にGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)や、動画配信サービスのNetflix、配車マッチングサービスのUber、民泊で話題になったAirbnbをはじめとするインターネット業界のビジネスを語るうえで、データ活用は避けては通れないほど注目されている。また、アリババやテンセントなどの中国ハイテク企業の急成長も目覚ましい。これらのハイテク企業が、自社の膨大な顧客や利用者の個人データを分析して戦略構築に役立てたり、利用者の好みにマッチした広告を表示させるサービスを提供したりして急成長を遂げている、あるいは莫大な利益を獲得していることが頻繁に話題に上る。

加えて、政策現場でも関心は高い。日本政府が公表する「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)や「未来投資戦略」など政策目標にも、最近は必ずデータの重要性やビジネス現場での活用促進が触れられている。2018年7月から開催されている「統合イノベーション戦略推進会議」でも、新技術の導入に向けてデータ基盤の形成やデータサイエンス教育の重要性が強調されている。政府が民間のデータ活用推進どのように関与すべきかについては別途議論が必要かもしれないが、いずれにせよデータの重要性はビジネス、政策の現場で強く認識されるようになっていると言えよう。

とはいえ、データの重要性は、何もネット業界に限られた話ではない。スーパーやコンビニなどの小売業界では、従来からPOS(point of sales)システムを通じて顧客データを蓄積し、活用してきた。加えて近年では、スマートフォン等のモバイル端末を通じて容易に、リアルタイムでも顧客にアプローチできるようになった。今後も、IoT製品の普及などを通じて、データ活用は業界を問わずますます重要になっていくだろう。

データ活用へさまざまに期待が寄せられる一方で、いわゆるビッグデータ、AI、機械学習によるパターン認識や自動化がすべての課題を解決してくれるかのように喧伝されることがあるが、実際のビジネスはもちろんそんなに甘くはない。華々しい成功の裏には数多くの失敗事例が存在する。また、日本企業でデータ活用がなかなか進まないことも度々指摘されてきた(たとえば、高橋威知郎ほか『データサイエンティストの秘密ノート:35の失敗事例と克服法』や、石角友愛「なぜ日本企業は『ビッグデータ集めなきゃいけない病』にかかるのか?」『Business Insider Japan』、尾崎隆「『データを集める前にデータ分析責任者(データサイエンティスト)を雇うべき』理由とは」『六本木で働くデータサイエンティストのブログ』等の記事も参照)。

それでは、データ活用の成功と失敗を分ける原因はどこにあるのだろうか。やみくもに収集された個人データや、無造作に蓄積された業務データでもって、「これで何とかならないか?」と考え始め、事前の準備もなくコンサルタントに相談したりデータ分析部署を急増したりする例が多いかもしれない。しかし、それで失敗するのはある意味当然であり、明確な問題意識や事前の仮説・方針もなくデータを集め、事後的に何かできないかと思案してみても、すでに手遅れとなっている場合が多い。たとえば、ある時期に力を入れた販促プログラムがあり、その効果を検証したいと思っても、販促対象の商品の売上データしか整備されていなければ、他の販促をかけていない商品群と比較してみることができないので、販促が原因となってどの程度売上が伸びたかを確認することもできない。加えて、細かな商品情報や販売時の状況を示すデータが売上とともに利用可能でなければ、販促が原因で売上が伸びたのか、あるいはその他の要因で売上が伸びたのかを区別することもできない。

このように、データを有効に活用してビジネス現場で役立てたいと思っても、施策の目標をどのように定義して計測するか、施策以外に影響を及ぼしそうな要因は何か、そのためにどのようなデータをどの程度集めるべきか、などといった検証とデータ収集のための事前の準備が非常に重要となってくる。決して、単にリアルタイムで膨大なデータがあるから役立てられる、というわけではない。データの規模などよりも重要なことは、事前の準備を周到に行ったうえで、「なぜその施策は、売上に効果があったのか?(なかったのか?)」「どのようにして効果をもたらしたのか?」という、原因と結果の構造に迫ることなのである。

そのためのスキルとして特に注目を集めているのが経済学であり、実際にビジネスの現場で活躍する経済学者が増加してきている。経済学は、施策と結果の関係をクリアに整理し、理論に基づき仮説を組み立て、収集すべきデータを見極めて検証するための方法論を提供してくれる。施策の効果を確かめるための非常に強力なスキルの1つなのである。さらに最近では、経済学でも実証手法として重視されている「実験」が、ビジネスの現場も用いられている。この実験は、施策の効果を確かめるための重要なツールとなる。

ビジネスで活躍する最も有名な経済学者は、Googleチーフエコノミストのハル・ヴァリアンだろう。彼は2010年までカリフォルニア大学バークレー校に所属し、最前線で活躍する経済学者でありながら、Google検索サイトに表示される検索連動型広告への出稿に際してのオークション・システムの設計等にコンサルタントとしてかかわり、2007年から現在に至るまで同社のチーフエコノミストを務めている(ヴァリアンのウェブサイト参照)。彼はミクロ経済学のベストセラー教科書も執筆しているが(邦訳:学部向け『入門ミクロ経済学』、大学院向け『ミクロ経済分析』)、むしろ現在は「Googleのヴァリアン」としての方が有名かもしれない。他に例は数多く、かつてカリフォルニア工科大学に所属していた著名な経済学者であるプレストン・マカフィーはYahoo!やMicrosoftでチーフエコノミストを務め、Googleでの勤務経験も持っているし(マカフィーのウェブサイト参照)、現在のAmazonのチーフエコノミストも経済学者のパトリック・バジャリである(同社の経済学の活用方針はamazon jobsの「エコノミクス」のページを参照)。また、Netflixのデータサイエンス部門をリードするランドール・ルイスもマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得し、マーケティングや経済学の分野で多数の学術論文も出版している(IT企業を中心に、経済学者のスキルがビジネス現場でどのように活用され、彼らがどんな仕事をしているのかについては次の論文に詳しい:S. Athey and M. Luca (2018), "Economists (and Economics) in Tech Companies," Harvard Business School NOM Unit Working Paper No. 19-027.)。

それでは、実際の分析で経済学者はどんな力を発揮できるのだろうか。「論文プレビュー」で取り上げるKawaguchi, Uetake and Watanabe (2018 accepted) では、同論文の著者らがJR東日本ウォータービジネスと共同で行ったビジネス実験に基づく分析の成果が示されている。同社は、JR東日本の各路線のエキナカの自動販売機を中心に展開しており、デジタルでタッチパネル式の「次世代自販機」を展開したことでも話題になった。この自販機には顔を認識するカメラが搭載されており、前に立った顧客の顔(性別、年代)や気温・季節に応じて商品をオススメしてくれる機能が備わっている。著者らは、エキナカ特有の環境も考慮して、このオススメ機能にはどの程度売上をアップさせる効果があるのかを検証し、施策の改善に向けた実務上の示唆までも示した。そして実は、同論文の著者の1人である渡辺氏も2017年7月よりアマゾンジャパンに移籍し、シニアエコノミストとして活躍している。彼らは、具体的にどのように状況を整理し、分析を行ったかのだろうか。この詳細については、ぜひ「論文プレビュー」および同論文を参照してほしい。

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