東京大学政策評価研究教育センター

CREPEFR-12, 13, 14 行政データが切り開く政策評価のフロンティア:デンマークの研究利用の実際


 
画像提供(上段左): butenkow / PIXTA(ピクスタ)、画像提供(上段右):Fast&Slow / PIXTA(ピクスタ)、画像提供(下段):wutzkoh / PIXTA(ピクスタ)

Executive Summary

Background(問題意識)
CREPEFR-12, 13, 14の3つの記事では、近年研究や政策実務において活用が進む「行政データ」に着目する。行政データとは、住民登録や出生届といった行政手続きなどの記録や、その他業務の過程で溜まっていくデータのことだ。

この3本の記事は、シドニー工科大学ビジネススクール丸山士行氏へのインタビューに基づいてまとめている。丸山氏は、実際にデンマークの行政データを活用した研究論文を出版しており、その背景や現状に詳しい、医療・健康経済学の実証研究のエキスパートである。「CREPEFR-12」では、行政データ活用のメリットや留意点、さらにデンマークにおける行政データの整備と利用環境の現状とその背景を紹介する。また、「CREPEFR-13」「CREPEFR-14」では、行政データを活用した丸山氏の2つの研究の内容を、「行政データを利用できたからわかったこと」を軸に紹介する。

行政データ活用のフロンティア:CREPEFR-12 デンマークの経験から学ぶ
北欧諸国では、世界に先駆けて行政データの研究利用が進んできた。それに対し、アメリカのトップ研究者たちも、それに対応して行政データ研究利用拡大の必要性を主張してきた(たとえば、Card, D., Chetty, R., Feldstein, M. S. and Saez, E.〔2011〕"Expanding Access to Administrative Data for Research in the United States")。現在、行政データを政策評価などの実証分析に活用する動きは各国で進みつつある。それではなぜ、行政データが重視されるようになったのだろうか? 行政データ活用にはどんなメリットがあるのだろうか? また、留意点や問題点はどこにあるのか? さらに、なぜ北欧諸国が行政データの研究利用でリードしているのだろうか? 「CREPEFR-12」では、特にデンマークにおいて、福祉国家を支える制度として早くから導入・徹底されてきた「個人番号制度(国民台帳制度)」の存在を軸に、その背景と特徴を解説する。

研究紹介(1):CREPEFR-13 「出生時体重研究」を問い直す
図 2006年度改正高年法の就業促進効果
「CREPEFR-13」では、デンマークの行政データを活用し、「低体重での出生が子どもの将来に及ぼす影響」を分析した実証研究を紹介する。この研究では、なんと1981~2013年、約30年にも及ぶデンマークの行政データを駆使し、長期かつ詳細で正確な、約200万もの親子の個人データを確保し、その中で約0.41%という非常に稀な症例である「前置胎盤(placenta previa)」の記録を利用して、妊娠期間の違いに起因する低体重の影響が子どもの将来に及ぼす影響の因果関係に迫る。これは従来の調査データを用いた研究では実施できなかったアプローチだ。この研究で得られた結果は、従来の調査データに基づく研究とどのように異なり、どのような点で優れているかを、双子のデータを利用した先行研究の問題点も明確にしつつ、行政データの分析から新たに得られたエビデンスを紹介する。

研究紹介(2):CREPEFR-14 がんサバイバーの復帰後の仕事環境
「CREPEFR-14」も、デンマークの行政データを活用した研究だ。ここでは、「がんの罹患が、その人の就業に及ぼす影響」を実証分析で明らかにする。この研究では、病院記録などの行政データを用いて、がん診断後5年生存者約2万5000人について、個人ごとのがんと診断される2年前の就労状況、罹患したがんの種類、がん診断後4年目の就労状況を、性別・年齢・収入などの変数をあわせてデータセットを構築し、分析を行った。その結果、従来の観察データを用いた研究では、仕事復帰のしやすさなど労働市場での成果は、各人の教育水準にあるとみなされてきたが、実は各人ががんに罹る前に就いていた仕事の内容や、そこで必要とされるスキルに左右されるという結果が新たに得られた。この研究も、詳細ながんの診断記録を活用することではじめて可能となった分析である。この記事では、どのようにして、既存研究の結果からさらに一歩深めた結果を得ることができたかを紹介する。

政策評価における行政データ活用に向けて
このように、CREPEFR-12, 13, 14の3つの記事では、デンマークの行政データ活用の実際と、それを活用した丸山氏の実証研究を2つ、具体的に解説する。特に、実証研究において「行政データがどのような強みを発揮するのか?」「行政データを活用することでなぜ、どのように新しく質の高いエビデンスが得られるのか?」などの問いにフォーカスする。その要点は、「行政データでなければ用いることができなかった、正確で十分な量の情報が、実証分析で活用できる」ことだ。出生時体重の影響についての分析は、「前置胎盤」という非常に稀な症例の記録を、統計分析に耐えうるだけの規模を確保して行っている。また、がんサバイバーの仕事復帰に関する分析では、がん罹患者の詳細な診断記録を駆使している。 これらの情報は、従来の調査ではまず利用できないものだが、こうした分析は研究として重要なだけでなく、政策的にも、さらには私たち個人にとっても重要な示唆をもたらす可能性を秘めている。たとえば、がんからの仕事環境時の問題は、日本でも多くの人にとって身近な問題ではないだろうか。ここで直面する問題のメカニズムを明らかにすることで、有効な政策を議論するための重要なエビデンスを得ることができるだろう。 日本では、行政データの研究利用に向けての議論はまだ途に就いたばかりだが、これはデンマークをはじめとする先進事例を参考にしつつ、そのメリットを活かすために国家として戦略的に取り組むべき重要な課題だと言える。この3つのフロンティアレポートで、デンマークの実際と、実証研究で発揮された行政データの強みを紹介したい。

各記事へのリンク

CREPEFR-12「なぜ北欧諸国で行政データの活用が進むのか?:デンマークの経験から学ぶ」
CREPEFR-13「論文プレビュー:行政データを活用した実証研究(1):「出生時体重研究」を問い直す」
CREPEFR-14「論文プレビュー:行政データを活用した実証研究(2):がんサバイバーの復帰後の仕事環境」

論文へのリンク

CREPEFR13で紹介:Maruyama, S., and Heinesen, E. (2020) "Another Look at Returns to Birthweight," Journal of Health Economics, 70, 102269.

CREPEFR14で紹介:Heinesen, E., Imai, S. and Maruyama, S. (2018) "Employment, job skills and occupational mobility of cancer survivors," Journal of Health Economics, 58: 151-175.  

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)