東京大学政策評価研究教育センター

背景:日本型雇用における正社員と非正社員の格差



画像提供:bee / PIXTA(ピクスタ)

日本型雇用。いわゆる「正社員」を軸に、日本の大企業を中心に、長期雇用(終身雇用)、年功賃金、企業別労働組合などで特徴的づけられるとされてきた雇用システムである。このシステムには、新卒一括で正社員を採用し、企業内部の柔軟な転勤を含む配置転換も伴いながら、その企業で高いパフォーマンスを発揮するために重要なスキルを、主にOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を通じて時間をかけて身に付けさせる人材育成の仕方も含まれる。こうした、長く同じ企業で経験を積むことで得られ、その企業にいてこそ力を発揮するスキルは、「企業特殊的人的資本」と呼ばれている。

このスキルは、正社員の長期雇用とセットで議論されることが多い。というのも、このスキルは、それを蓄積した企業で有効である一方、その企業を辞めてしまえば力を失ってしまうからである。いざ転職しようとした際にいくら高い特殊的スキルを持っていても、その企業外部の労働市場では価値を持たず、評価されにくい。そのため、特殊的スキルを多く備えた労働者は当該企業にとって役に立つ存在だが、労働者自身には必ずしも積極的に投資してまで特殊的スキルを身に付けるメリットはない。その企業で長く働くつもりがなければ、どこの会社でも通用するような一般的・汎用的なスキルを高める方が、自分の将来にとっては有用だからである。

そこで、企業が特殊的スキルを身に付けてほしいと思う労働者に対しては、長期雇用を保障することで、労働者にOJTやジョブローテーションを通じた技能習得の機会を提供し、安心して知識・スキルの獲得に励んでもらい、特殊的スキルの蓄積が労働者にとっても将来メリットになるような図式が形成されていた。この図式に、年功的な賃金体系も補完的な効果を発揮していたと言われている(他に技能蓄積への投資コストの分担などの論点もある。詳しくは、川口大司・安藤至大 (2018)「経済学は解雇をどう捉えてきたのか」大内伸哉・川口大司編『解雇規制を問い直す』有斐閣、など参照)。

長期雇用保障への企業のコミットは、必ずしも法的な雇用契約に基づくものではない。そのため、「暗黙の契約」などと呼ばれてきた。企業は、労働者に特殊的スキルを身に付けてもらうことで、安定して高度な技能を持った人材を確保できるし、労働者も企業が提供する訓練や経験を積んでいくことで活躍でき、賃金も年功的に上がっていく。そのため、労使双方にとってメリットのある仕組みであった。

さらに、正社員の長期雇用が定着していく中で、「解雇権濫用法理」が確立された。これは判例によって確立され、その後法律に盛り込まれたもので、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(現在の労働契約法16条)という規定である。実質的には、長期雇用を期待して採用された正社員への解雇規制と解釈され、特に経営が悪化して整理解雇が必要となった際にも、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)人選基準の相当性、(4)手続の相当性、という4つの要素から解雇の有効性が審査され、これらを満たしていないと判断される場合には解雇は無効となる、という運用がなされてきた(大内伸哉・川口大司 (2018)「なぜ金銭解決ルールが必要なのか」〔前掲書所収〕)。このように、日本における長期雇用と正社員の解雇に関するフォーマル、インフォーマルな制度には密接な関係がある。

一方で、こうした日本型雇用システムも、大きく変化する環境の中で徐々に変化しつつある。そもそも日本型雇用は、製造業がけん引し、経済がどんどん拡大していた高度成長期の時代に強化されたと議論される(森口千晶 (2013)「日本型人事管理モデルと高度成長」『日本労働研究雑誌』634号)。しかし、高度成長期の終焉、その後のバブル崩壊と長期的な低成長を経て、企業が抱える多くの従業員に対して等しく、従来のように長期の雇用保障を与え、訓練機会を提供し、内部労働市場を通じて育成することが困難となり、いわゆる非正社員の増加や、賃金の年功的要素の低下等々、さまざまな変化が指摘されている。図1では2002~18年の男女別の正社員、非正社員の人数、および正社員と非正社員数の合計に占める非正社員数の比率の推移を示しているが、男女ともに非正社員の雇用が徐々に増加してきていることが見て取れる。

図1 正社員・非正社員の推移:2002~18年

(出所)(出所)総務省統計局「労働力調査 長期時系列データ」より作成。


ここで非正社員とは、パートタイマー、有期雇用、派遣労働者など、従来のフルタイムで無期雇用の正社員とは異なる形で雇用されている労働者である。非正社員は、企業特殊的スキルを必要としない職務を中心に担う人材として、長期雇用を前提とせずに雇用されている。したがって、正社員と比べて、企業が積極的に特殊的スキル蓄積のための機会を提供することは少なく、そもそも長期雇用への期待も前提とされていないため、法的な雇用保障も正社員のようには適用されない。実際に、整理解雇の際の正社員の解雇回避の努力として、非正社員の雇止めが認められた有名な裁判例もある(日立メディコ事件〔最高裁判所第一小法廷判決昭和61年12月4日〕。労働政策研究・研修機構ウェブサイトも参照)。

こうした背景もあり、非正社員は景気や業績が悪化した際には雇用が減らされる一方、正社員はボーナスの引き下げ、非正社員が減った分を正社員の残業でカバーするといったことは指摘されるものの雇用は守られるという「非対称」な雇用調整が行われ、正社員と非正社員で労働市場が分断された「二重労働市場」を形成されており、それが両者の格差を生んでいると議論されてきた。

実際、2008年のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機の際に急激な円高が生じ、輸出主体の製造業は特に大きな負のショックを被ることになった。それらの企業の中にはショックによる業績の悪化を受けて、派遣労働者などの非正社員の雇用調整を余儀なくされたものもあった。当時、「派遣切り」や、2008年末から09年にかけて東京都の日比谷公園に設置された「年越し派遣村」が盛んに報道されたことからも、その影響の大きさが伺えるだろう。

今回、CREPEFR-10の「論文プレビュー」で紹介する横山・比嘉・川口氏の論文は、まさにこのような正社員と非正社員の間に存在する「雇用調整の非対称」が、実際にどのような形で、どのような要因から存在するのかを、2001~12年の企業活動を捉えたデータから実証した研究である。著者らは、為替レートの変動が企業活動に与える影響に着目し、特に製造業で輸出入を積極的に行っている企業と行っていない企業が為替変動から受ける影響の差に着目して、上記の非対称な雇用調整の存在とメカニズムを明らかにしようとした。その差は、輸出入を活発に行っていれば為替変動の影響を受けやすいが、行っていなければ影響は受けにくいというものである。

「論文プレビュー」では、具体的にどのようなデータを用い、どのような工夫を凝らして分析したのかについて、概要をまとめている。また、同論文から導き出された結果を解説したうえで、そこで得られた示唆をもとに、論文の著者の1人である川口氏の指摘する日本の労働市場の課題の所在と今後の展望についても紹介する。

「論文プレビュー: 正規・非正規の間の雇用調整における格差は存在するか?――為替レートの変動を利用した分析」へ

CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。