東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-8: COVID-19が求職・求人マッチングに及ぼす影響

川田恵介(東京大学社会科学研究所准教授)


画像提供:PanKR / PIXTA(ピクスタ)

イントロダクション

このコラムでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴う社会・経済的混乱が労働市場にもたらす影響について、求職・求人に関する直近のデータを用いた分析結果を紹介する。本分析は求職者と求人とのマッチング過程への影響について、2020年3月時点での影響をデータから明らかにし、今後予想される労働市場の動静について、サブプライムローン問題に端をする金融危機(以下、「金融危機」はこの危機を指す)からの経験をふまえて論じる。

ここでは、職業紹介業務(ハローワーク)を通じて収集された業務データに基づいて厚生労働省が公表している「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」を用いている。なお、ここでは基本的に、フルタイムの求人・求職、入職に焦点を当てて論じる。

「一般職業紹介状況」は月次で公表されており、日本の労働市場に関する政府統計の中では、速報性が高い。また新規求職者や求人、入職者といった労働市場の変動要因(フロー変数)が報告されており、COVID-19が労働市場に与える影響を迅速に捉えるうえで大きな利点を有している。 欠点としては、あくまでもハローワークに登録されている情報のみであり、日本全体の求人・求職状況を捉えられない点がある。公開されているデータのみからでは賃金等の労働条件は観察できず、求人の質を議論できない。この点には留意が必要である。

また業務データという性質上、ハローワークの業務内容の変更に伴い数値が左右されてしまう点にも留意が必要である。 実際に2020年1月より、求人票の様式が変更され、労働条件等についてより詳細な記述が必要となった。この変更は求職者により充実した情報提供を行い、マッチングの円滑化を目的としているが、企業によっては求人を見送った可能性がある(厚生労働省「一般職業紹介状況(令和2年1月分)について」)。

このため2020年以降の変化をもたらす要因として、COVID-19や潜在的な景気変動以外にもこのような業務内容の変更も存在することには注意が必要である。純粋なCOVID-19の影響を把握するには、今後さらなる分析が必要となる。 このコラムでは、特に以下の論点について、2020年3月時点のデータから暫定的議論を行う。

(1) COVID-19に伴う社会的混乱によって、どのような職種において求人や入職者数が低下しているのか?
(2) 職種間ミスマッチは拡大しているのか?
(3) 過去の経済危機、特に米国サブプライムローン問題から端を発した金融危機と比較して、上記の傾向は異なるのか?
(4) 今後のCOVID-19の影響は、どう考えられるか?
(5) 同影響は男性・女性労働者間で異なるのか?

なお筆者のホームページ上では、分析の詳細、および最新のデータを用いた再推計結果を随時公開している(川田恵介ホームページ「労働市場ミスマッチの測定」)。

目 次
足元の状況
サブプライム危機の経験
COVID-19拡大直前のミスマッチ状況と今後の予測
まとめ
参考文献

足元の状況

COVID-19が労働市場に与える影響を考えるうえで、有益な分析結果はすでにいくつか発表されている。Watanabe (2020) は、クレジットカードの利用データをもとに、4月前半までの家計消費の変化を示している。結果、全体の消費額が低下しているだけでなく、ホテルやレジャー、外食、交通、小売業などの直接対面型サービスへの需要が低下していることが示した。また、Kikuchi, Kitao, & Mikoshiba (2020)は、COVID-19に伴う経済的混乱が労働者に与える影響について分析した。彼らはWatanabe (2020) で用いられたクレジットカード利用データに加え、「就業構造基本調査」を用いて労働者のさまざまな属性をふまえた分析を行い、特に低所得層がより強い影響を受けると論じた。 本コラムでは「一般職業紹介状況」を用いることで、景気変動が求職と求人のマッチング過程に与えている影響を明らかにする。まず直近の求人、求職、入職の状況を確認する。図1では新規の求人、求職者数、および入職者数を示している。なお季節性の影響を緩和するために、すべて2018年同月との比をとっている。また、COVID-19の影響は職種間で大きく異なることが予想されるため、職種別に図示している(職業分類の詳細については、「第4回改訂厚生労働省編職業分類」を参照のこと)。

図1 求職者、求人、入職者数の変化(職種別、2018年同月比比)

COVID-19の拡大が本格化した2020年1月以降、全職種において入職者数、求人数が減少しており、特に生産工程や販売の職種において減少幅が大きい。生産工程や建築・採掘などいくつかの職種においては、12月以前から求人、入職の減少傾向がみられており、COVID-19がもたらした社会的混乱は、その傾向を加速させたと考えられる。

COVID-19に起因するショックの特徴はその影響の幅広さにあり、サービスの職種においても、求人、入職が大きく減少している。次節で示す金融危機時においては、他の職種に比べて、サービス職の求人減少は小さかった。一般に、サービスに含まれる職種は比較的景気変動に"強く"、求人の減少は限定的、あるいは経済ショックからの遅効性が大きかった。しかしながらWatanabe (2020)が示す通り、COVID-19はホテルやレジャーなどに強い影響を与えており、結果サービス職種における求人をも大きく減少させている。この事実は、今回のショックが持つ影響が、金融危機とは大きく異なる可能性を示唆している。この点については、「COVID-19直前のミスマッチ状況と今後の予測」<章のURL入力>の節で詳しく論じる。

図1からは求職者の増加は観察されず、むしろいくつかの職種で大きく減少している。COVID-19は、企業業績に負の影響を与え、失業者の増大をもたらすと予想されるが、少なくとも2020年3月時点ではそのような変化は見られない。またハローワークに登録していない労働者も含めた失業者数を推定している「労働力調査」(総務省)においても、2020年3月時点の失業率2.6%(季節調整なし)であり、2018年同月の2.5%と比べて小幅な増加にとどまっている。

また図1からは、3月時点においては、(1) 求人と入職者を低下させたが、(2) 失業者・求職者の増加には及んでいない、ということが読み取れる。しかしながら、以上の結果を解釈する際には、一般に求職者の増大は、経済ショックからの遅効性が大きいという点に注意が必要である。これまでの経験から、求人の下落から一定のタイムラグを経て、求職者の増大が生じてきた。そのため、日本においても今後、求職者の急増が観察される可能性が高い。

COVID-19の影響が産業や職種に応じて大きく異ことなるという事実は、求人・求職者間のミスマッチ問題を引き起こす可能性を示唆する。もしすべての産業でCOVID-19の影響が均質であるならば、求人数や求職者数は各産業や職種などで一律に低下するはずである。しかしながら、たとえばサービス業において求人が特に大きく減少した場合、当該職種で特に求職者数が求人数を大きく上回り、入職が困難になる。この場合、相対的にCOVID-19の影響が小さい職種、たとえば輸送・機械運転などに求職者が移動できれば、労働市場全体としての入職率は改善する。

労働経済学では、労働市場において入職率が低迷する原因として、(1) 総求人数の低迷と総求職者数の増加、(2) 求人・求職間のミスマッチ問題、に大別して考えられてきた。(1) の総求人数の低迷は、不況に伴う総労働需要の低下、失業の増加を起因とし、古典的なマクロ経済学においても強調されてきた。(2) のミスマッチ問題は、地域や職種により分断された労働市場を明示的に想定している。各特定の労働市場間において求人数・求職数が偏ってしまっている場合、全体として求人が求職者よりも多かったとしても、労働市場への新規入職者が低迷してしまう。

ミスマッチの具体的な測定方法は、いくつか提案されてきた。このコラムではŞahin, Song, Topa, & Violante (2014)の手法を用いて、足元のミスマッチの状況を分析する。彼女らの手法では、労働市場のデータを用いて、各労働市場における最適な求職者の分配を計算する。ここでは、新規の雇用が最大になるような分配を計算し、この最適な分配と現実の分配の差をミスマッチとして定義する。そして、最適な分配のもとで達成される入職率と現実の入職率を比較し、ミスマッチによる雇用損失が計算できる。

図2は、Şahin, Song, Topa, & Violante (2014)の手法により計算される最適な分配下で達成される入職率と実際の確率を示している。なお本推計には整合的な職種分類を利用可能な2012年3月から2020年3月までのデータを用い、季節性の影響を緩和するために、すべて期間中の同月平均との比をとっている。

図2 2012年3月からの入職率の遷移(全期間中の同月平均)

(注)垂直の点線は2020年1月を示す。ミスマッチがない場合の入職率を赤線、現実の入職率が青線で示し、両線の差がミスマッチによる雇用損失を表す。

図2からは、2020年1月に現実の入職率とともにミスマッチがない場合の入職率も急落していることが読み取れる。すなわちCOVID-19は、現状ではミスマッチを拡大させておらず、総労働需要の低下を主要因として入職率が低下したと考えられる。

サブプライム危機の経験

COVID-19がもたらす今後の影響を考えるうえで、過去の不況の経験が大きな示唆を持つ。ここでは、2007年から2008年までに生じた米国サブプライムローン問題から端を発した金融危機が、求職・求人のマッチングに与えた影響を振り返る。当該危機の源泉は米国の金融市場にあり、COVID-19による危機とは性質が異なる面がある。しかしながら、ともに世界全体に波及した大規模な経済ショックである点は共通している。そのため、今回の危機と金融危機を比較することで、限定的なデータから今後の影響を論じる際の手掛かりを提供してくれるだろう。

図3は、2007年4月以降の入職率と求職者(季節性の影響を緩和するために、ともに期間中の各月平均により除している)の推移を示している。

図3 求職者数、求人数、入職率の推移

(注)入職率=入職者数/求職者数、左側の垂直の点線は2007年12月、右側の垂直の点線は2020年1月を示す。

図3からは、金融危機後の求人の急落、少し遅れての求職者の増加が観察される。また入職率も、特に求職者の急増に合わせて急落している。金融危機が日本にも波及し、求職者の増加と求人の低下がもたらされた結果、求職者の入職が困難になったと考えられる。すなわち入職率の急落は、少なくとも部分的に総求人数の低迷と総求職者数の増加により説明される。

労働経済学では、求人数と求職数、入職数(入職率)の関係性を記述する経験式として、マッチング関数を用いてきた(Petrongolo & Pissarides 2001)。同関数は入職数の決定式を、

入職数=m (求人数,求職数)、

と記述し、求人数、求職数の増加関数であると想定する。いくつかの技術的な仮定のもとで、

入職数/求職数=p (求人数/求職数)

p は増加関数)と記述でき、先の求人数、求職数、入職率の推移と整合的になる。

マッチング関数それ自体の改善、およびその応用方法について多くの研究がなされてきた。最も単純な応用法は、入職率変化の要因分解にある。マッチング関数をコブ=ダグラス型に特定化すると、入職率の対数変化を以下のように分解できる。

入職率の対数変化=マッチングの効率性の対数変化+求人の対数変化の貢献+求職者の対数変化の貢献

図4は、2006年12月から2007年11月と2007年12月以降の入職率の各月の変化に対する、求人/求職数の貢献の推移を示している。

図4 入職率変化の要因分解


図4からは、金融危機による入職率の低下は、初期は求職数の増加ではなく求人数の減少から生じたことが読み取れる。その後、一定のタイムラグを経て、求職者の増加も入職率の低下をもたらしていることも確認できる。すなわち求職者数増大による入職率の低下は遅効的であるが、一定期間後には無視できない規模になることが示された。

次に、職種間ミスマッチが与えた影響について論じる。図5は、職種別に求人・求職・入職数の推移を表す。なお季節性の影響を緩和するために、 金融危機前の2006年12月-2007年11月の各月との比を示している 。図1とは職種の定義が異なっている点に注意してほしい。

図5 求職者、求人、入職者数の変化(職種別)


図5からは、生産工程・労務、事務の職種において大きな求人数の低下が見て取れる。対してサービスの職種においてはそのような大きな変動は認められず、COVID-19がもたらした影響とは大きく異なっている。

ではミスマッチは、入職率の低下にどの程度影響しているであろうか。図6は、図2と同様にŞahin, Song, Topa, & Violante (2014)の手法に基づき測定したミスマッチの程度(ミスマッチがない場合の入職率/現実の入職率)を示しており、値が大きいほどミスマッチによる雇用損失が大きいことを意味している。なお職種について統一的な定義が利用可能な2000年4月から2013年3月までのデータを利用している。

図6 ミスマッチの推移

(注)入職率=入職者数/求職者数、左側の垂直の点線は2007年12月、右側の垂直の点線は2020年1月を示す。

図6からは、最初期時点を除き、金融危機とともにミスマッチも増加していることがわかる。ミスマッチは2009年初頭ごろに頂点を迎え、入職率を8%程度押し下げている。その後ミスマッチは低下していくが、データの期間中には金融危機前の水準には戻っていない。すなわち金融危機は、ミスマッチの継続的拡大をもたらしたと考えられる。

最後に、ミスマッチが急増した要因について論じる。図7は、職種別に現実の求職者の推移と最適な(ミスマッチが生じない)求職者の推移を表している。

図7 最適/現実の求職者数


(注)垂直の点線は2007年12月を表す。


図7からは金融危機後、「生産工程・労務の職種」において、求職者数が急増するが、最適な求職者数はそれに追いついていないことがわかる。同職種には、工場等における生産活動や機械の操縦、運搬、清掃などに関わる仕事が含まれる。対して「専門・技術的な職種」や「保安、サービスの職種」において、最適な求職者数が増大していることがわかる。

ここでの最も重要な発見は、労働市場はミスマッチへの迅速な対応ができていないことである。たとえば、生産工程・労務の職種における求職者数の増加に対応して、求人数も相対的に 増加するならば、最適な求職者数も増加する。しかし実際には求人数は増加せず、最適な求職者数も限定的な変化しかしていない。専門・技術的な職種や保安、サービスの職種についても、最適な求職者数の増加に対応して、求職者数が相対的に増加すえれば、ミスマッチは解消される。しかし実際にはそのような調整過程は観察されず、生産工程・労務の職種における過剰な求職者は、時間をかけた求職者の減少というプロセスにより解消されている。

以上の発見は、労働経済学の知見と整合的である。すなわち、求職者が自身の経験と異なる職種に移動することは難しく、ミスマッチの自然な解消は容易ではない。 このため政策対応が必要であり、具体的には、ミスマッチの大きな職種をターゲットとした雇用助成政策や職種間移動を補助する技能訓練などが考えられる。

COVID-19拡大直前のミスマッチ状況と今後の予測

最後に今後の労働市場について、予測を交えながら論じたい。現状では、新規求職者の明確な増加は観察されていない。しかしながら、2007年からの金融危機においても、新規求職者が増加するまでには一定のタイムラグが観察された。特に今回の危機では、COVID-19の拡大がハローワークにおける職探し自体を抑制している可能性がある。また、現時点においても企業の倒産が増加していることを指摘する研究もある。宮川他 (2020)は、東京証券リサーチのデータを用い、2020年2~3月の企業倒産について分析している。結果COVID-19の影響は認められ、特に宿泊・飲食サービス業において倒産確率が高い伸びを示している。今後感染拡大が制御され、経済が回復する過程において、求職者が急増することが予想される。

このような求職者数の増加を、労働市場は受け止めることができるであろうか。入職者を生み出すためには、労働市場全体で見た総求人数の増加だけでなく、個々の労働市場におけるミスマッチを低減することも重要になる。本コラムにおける最後の分析として、足元の職種別のミスマッチを推定し、今後の政策の方向性について論じる。

図8でも、Şahin, Song, Topa, & Violante (2014)の手法を用い、COVID-19の影響が拡大する直前の2019年11月時点での職種別ミスマッチの状況を推定した結果を示している。 同図には、最適に分配された求職者数と現実の求職者数の差が示されており、正の場合は過大な、負の場合は過少な求職者が存在することを示している。 なお本推計には整合的な職種分類を利用可能な2012年3月から2019年11月までのデータを用いている。また、金融危機期のミスマッチの推定に用いたデータとは、職種の定義が異なっていることに注意が必要である。

図8 2019年11月時点での、現実/最適の求職者数差


同推定からは、特に事務職において現実の求職者が最適な水準に大きく超えていたこと、対してサービス職や生産工程、輸送・機械運転の職種においては現実の求職者が過少な水準にあることが確認できる。

図1で示した通り、2020年3月時点で特に求人下落が激しいのは、生産工程と販売の職種であった。一方で図8は、生産工程においては現実の求職者数が過少、販売の職種においては過大であり、ミスマッチに与える影響は自明ではい。このため、COVID-19がもたらすミスマッチを理解するためには、継続的な測定が必要となる。

さらに、COVID-19が労働の需要構造を長期的に変化させる可能性にも注意が必要である。Kikuchi, Kitao, & Mikoshiba (2020)宮川他 (2020)が論ずる通り、COVID-19の直接的な影響は対面販売や宿泊、観光業において強く表れている。足元のミスマッチ状況は、販売の職において過大な求職が生じており、当該分野における新規求職の増加は、ミスマッチをさらに悪化させることになる。さらにサービスや生産工程の職においては、現状求職者が過少であり、新規求職者の拡大はただちにミスマッチの拡大にはつながらない。

しかしながら、いったんCOVID-19の拡大を制御できたとしても、再拡大を阻止するために、今後もソーシャル・ディスタンスを確保する必要が残った場合、これらの職種において求人が長期的に低下する可能性がある。また、COVID-19は多くの国々に影響を与えており、世界的な需要低下が長期化した場合、製造業においても労働需要の持続的な低下が生じうる。

最後に、COVID-19がもたらす影響について、労働者の属性別に論じたい。COVID-19に起因する危機については、すでに既存の金融・経済危機とは大きく異なる点があることが指摘されている。特に女性労働者に対して、大きな負の影響を与えることが論じられている(Alon, Doepke, Olmstead-Rumsey, & Tertilt 2020; Kikuchi, Kitao, & Mikoshiba (2020) )。そこで以下では、求人・求職者マッチングの観点から、COVID-19の影響を男女別に議論する。

しかしながら現状公開されているデータのみでは、男女別の求職者数などは把握できない。 ここでは代替的に、2018年度の求職者の分布を性別に図示する(データは、「一般職業紹介状況(職業安定業務統計):直近の雇用関係指標」から入手可能)。

図9 性別・職種別の求職者数(1000人)


図9からは、COVID-19の影響が強いサービス職は、女性求職者の志望割合が大きいことが確認できる。 金融危機においては相対的に男性求職者が多い生産工程や運搬・清掃・放送等への影響が大きく、サービス職への労働需要は底堅かった。このため、COVID-19によるショックは、これまでの経済ショックと比べて女性求職者に対して強い影響を与える可能性が、求人・求職データを用いても確認できる。

では、サービス職の求人が長期間低迷した場合、労働市場ではどのような調整が可能であろうか。問題は、女性求職者の割合が特に大きい事務職では、2020年11月時点で大幅な求職者数超過が生じている(図8)。このため、サービス職から事務職への労働移動が可能であったとしても、充分に受け止めることには困難が予想される。

まとめ

このコラムで議論した内容は、以下のようにまとめることができる。

  • 2020年3月時点において、求人と入職者数が幅広い職種において下落している。2019年3月に比べて、生産工程の職では求人が25%程度、事務、販売、運搬・清掃・放送等の職では15%以上減少している。入職はさらに下落しており、販売や生産工程の職では30%以上低下している。
  • 求職者の増加やミスマッチの拡大は3月時点では観察されていない。しかしながら2007年からの金融危機においても、求職者やミスマッチの拡大は、求人や入職者数の下落よりも遅れており、今回も遅効することが予想される。
  • 金融危機の際は、職種間ミスマッチの解消には大きな時間を要した。
  • COVID-19危機の大きな特徴として、サービスの職種においても求人の下落が観察され( 2018年同月よりも求人は12%程度、入職は24%程度低下)、同職種を志望する割合が大きい女性労働者(全求職者に占める女性割合が約67%)についても大きな影響を与えることが予想される点にある。

  • それでは、政策的な対応としては、どのようなものが必要であろうか。まず雇用政策の観点からは、現行の雇用調整助成金などの雇用維持につながる政策を強化することが考えられる。助成金は、長期的には存続が可能な企業が、資金の借入制約により倒産するリスクも低下させ、経済の効率性低下を軽減することも期待できる。

    しかしながら、長期にわたってCOVID-19の影響を受ける職種が生じる可能性も指摘されている。特に、有効なワクチンの開発などが生じない限り、外食や一部レジャー産業における労働需要は回復せず、雇用調整助成金だけでは支えきれない可能性がある。この場合、労働者の職種・産業間移動を助ける政策(職業訓練など)が必要になってくる。過去の研究から、職種間移動を活発化させることは容易ではなく、積極的な政策介入が必要となる。

    また、家計を支える政策を考える際には、今回の危機が過去の危機に比べ、女性労働者に大きな影響を与える可能性が高いことをふまえる必要がある。たとえば、経済・社会的に厳しい状況にある単身世帯の女性や母子世帯では、COVID-19の拡大が制御できたとしても、容易に経済的状況が改善しない世帯が多くなることが予想されるため、大きな政策介入が必要となる。さらに、共働きで家計を維持している世帯についても、大きな影響が及ぶことが予想される。これまでの「男性稼ぎ手モデル」(専業主婦モデル)に基づく施策では、今回の危機には対応できない可能性が高い。

    最後に、本コラムの議論は、限定的なデータによる分析に基づいていることを注記しておきたい。データの制約を補うために理論モデルを用いているが、その信頼性には一定の留保が必要である。COVID-19がもたらしたショックから、社会を回復させるためには、より詳細なデータに基づく分析が必要不可欠であることは言を俟たない。特に、ハローワークを通じて収集するデータは、労働市場の現状把握において極めて有効であり、労働者個人レベルのデータを用いた分析は、より有効な政策を立案するための重要なエビデンスを提供できる。

    COVID-19に代表される迅速な政策対応が求められる社会・経済ショックに対して、迅速に分析を行うために必要となる業務データの活用には、研究者側のデータ受け入れ・分析環境の整備のみならず、行政側の法的・物理的・人員的な提供環境の整備が欠かせない。また、分析結果の社会的・政策的含意を高めるためには、研究者・政策実務者間での問題意識や現状認識の共有・相互理解が必要になる。そのため、政策担当者と研究者のより一層の協働が重要となるだろう。

    参考文献

    Alon, T. M., Doepke, M., Olmstead-Rumsey, J., & Tertilt, M. (2020) "The Impact of COVID-19 on Gender Equality," NBER Working Paper No. 26947.

    Kikuchi, S., Kitao, S., & Mikoshiba, M (2020) "Heterogeneous Vulnerability to The Covid-19 Crisis in Japan and Implications for Inequality in Japan," CREPE Discussion Paper NO. 71.

    Petrongolo, B., & Pissarides, C. A. (2001) "Looking into the Black Box: A Survey of The Matching Function," Journal of Economic literature, 39(2), 390-431.

    Şahin, A., Song, J., Topa, G., & Violante, G. L. (2014) "Mismatch Unemployment," American Economic Review, 104(11), 3529-3564.

    Watanabe, T. (2020) "The Responses of Consumption and Prices in Japan to The COVID19 Crisis and the Tohoku Earthquake," CARF Working Paper, CARF-F-476.

    川田恵介 (2019) 「日本の労働市場におけるミスマッチの測定」『経済分析』199: 122-151。

    宮川大介・尻高洋平・武政孝師・原田三寛・柳岡優希 (2020)「コロナショック後の人出変動と企業倒産――Google ロケーションデータとTSR倒産データを用いた実証分析」RIETI Special Report。

    編集担当:尾崎大輔(日本評論社)