東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-7:新型コロナ(COVID-19)危機が引き起こす格差の拡大

菊池信之介(マサチューセッツ工科大学経済学部博士課程)、北尾早霧(東京大学大学院経済学研究科教授)、御子柴みなも(東京大学大学院公共政策学教育部博士課程)


画像提供:まちゃー / PIXTA(ピクスタ)

(注)このコラムは、Kikuchi, S., S. Kitao and M. Mikoshiba (2020) "Heterogeneous Vulnerability to the COVID-19 Crisis and Implications for Inequality in Japan," CREPE Discussion Paper No. 71, の内容を要約して紹介したものである。より詳細な内容は、同論文を参照されたい。

サマリー

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による危機(以下、コロナ危機)は、特に低所得者層に対してより厳しい影響が及び、格差・不平等を拡大させてしまうことが懸念されている。このコラムでは、足元の日本の状況を分析するために、「就業構造基本調査」を用いて特にコロナ危機の影響を受けやすい人々を特定し、クレジットカード取引履歴に基づく消費支出データ(ナウキャスト「JCB消費NOW」)に基づいて、感染拡大本格化初期の数週間における労働市場への影響を分析した、Kikuchi, Kitao and Mikoshiba (2020)を紹介する。

この研究では、コロナ危機において「男性よりも女性が」「大卒以上の労働者よりも大卒未満の労働者が」「正規労働者よりも非正規労働者が」より厳しい影響を受けていることを報告している。とりわけ、特に影響が深刻なのは、危機以前から低収入であった人々である。つまり、コロナ危機は経済的弱者に対して特に深刻な影響を及ぼしていることが示唆されている。そのため、政府は今後、労働市場や経済状況の動向を個人レベルで注視し、特に甚大な影響を受けた人々に対して迅速かつ十分な支援を行っていくことが、極めて重要となるだろう。

目 次
はじめに
コロナ危機でより甚大な影響を受ける労働者の特徴
雇用形態、性別、教育水準ごとに異なるコロナ危機
コロナ危機初期の消費支出データ
おわりに
参考文献

はじめに

コロナ危機が日本全国に影響を及ぼし、経済活動を大きく収縮させてしまうことは疑いようのない事実であり、労働市場もその影響は免れない。しかもその影響は、すべての労働者たちに平等に襲い掛かるわけではない。労働者と一口に言っても、年齢、性別、職業、産業、雇用形態などさまざまな特徴をもった人々がいる。そのため、どのような人々がコロナ危機に対して最も脆弱で、深刻な被害を受けることになるのか、そしてどのような人々が一刻も早い支援を必要としているのかを見極めるためには、慎重な分析を行う必要がある。すでに諸外国では、この危機がもたらす不平等なインパクトを明らかにするための研究が数多く行われている(Baldwin and Weder di Mauro (2020)は、コロナ危機の広範な経済的影響を分析した最近の研究を包括的にまとめているので参照されたい)。

このコラムでは、日本の労働市場における多様な労働者をデータから細かく分析した研究である、Kikuchi, Kitao and Mikoshiba (2020)で示された分析結果と、政策的な課題を紹介する。先にも述べたように、この研究ではコロナ危機が誰にどのような影響を、特に「収入の減少」という側面で及ぼしうるかを、個人レベルの労働者のデータに着目して分析している。コロナ危機に対して脆弱なのは、どのような特徴をもった労働者なのか。この点を特定するために、総務省が提供する「就業構造基本調査」(2017年)のデータを用いている。この調査からは、労働者個人レベルでの年齢、性別、職業、産業、雇用形態などといった詳細な情報を得ることができる。加えて、株式会社ナウキャストがJCBカードの会員から約100万人規模で抽出して構築しているクレジットカード取引支出のデータである「JCB消費NOW」を用いて、日本でコロナ危機が本格化した初期の数週間の消費支出を確認することで、労働者の異質な特徴をふまえたコロナ危機の影響を分析している。

コロナ危機でより甚大な影響を受ける労働者の特徴

Kikuchi, Kitao and Mikoshiba (2020)では、労働者が就いている仕事を、Kaplan, Moll and Violante (2020)に倣って2つの次元に分類している。1つは、産業ごとのFace-to-face要素の度合いに応じた分類(「対人的」か「一般的」か)である。たとえば、対人的な産業としては交通、小売、宿泊、外食、教育、医療、ヘルスケアなど、対面での業務が重要なものが挙げられる。一方、一般的な産業の例は、農林水産業や工場、金融、不動産、港湾、空港、郵便、公務員などである。

もう1つは、職業ごとの勤務場所の柔軟性やリモートワークのしやすさなどに応じた分類(「フレキシブル」か「非フレキシブル」か)である。フレキシブルな仕事としては、マネジメント職、専門職や高度技能労働者、オフィスワーカーなどが挙げられる。一方、リモートワーク等が困難で非フレキシブルな仕事としては、販売、サービス業、農林水産業、工場、交通などが挙げられる。(分類の定義について、詳しくは後掲の図2の後で述べる)。

コロナ危機では、リーマンショックや東日本大震災などの過去の経済危機とは異なり、人と人との接触を伴う対人的な産業であり、かつリモートワーク等が困難で非フレキシブルな職務に従事する労働者に対して、大きなショックを与えていると考えられる。つまり、この2つ分類の観点からみた産業・職種のうち、最もコロナ危機に対して脆弱なのは「対人的で非フレキシブル」な仕事に従事している人々である。

表1では、この2軸の分類に従って全体の労働者に占める割合と平均年収を示したものである。これを見ると、上記の、コロナ危機に対して最も脆弱な労働者は日本の労働者全体のうち約4分の1(26%)を占めており、最も年収が低いグループを形成しているということが見て取れる。

表1 産業別・職業別の労働者数の割合(上段)と平均年収(下段)


雇用形態、性別、教育水準ごとに異なるコロナ危機

日本の労働市場には、「正規」「非正規」という雇用形態による特有の区分が存在している(Kitao and Mikoshiba 2020を参照)。そして、特に景気後退に直面した場合、非正規労働者は、正規労働者と比べて雇用の調整弁として雇止めされやすい傾向にあることが指摘されてきた。たとえば、労働市場が為替レートの変動などの外的ショックが不利に働く企業で、非正規労働者をより多く雇用調整の対象としていることが、Yokoyama, Higa and Kawaguchi (2019)によって実証されている(この論文の解説記事は、CREPEフロンティアレポート10号で公開されているので参照されたい)。そこで、本研究でも正規、非正規という雇用形態の違いについて着目した分析を行っている。

表2では、コロナ危機に対して脆弱な労働者が、正規労働者よりも非正規労働者に集中していることが示されている。最もショックに脆弱なグループである「対人的で非フレキシブル」な仕事に従事する人々は、非正規労働者の中では44%も占めている一方で、正規労働者の中に占める割合は17%に過ぎない。さらに、表2では2軸の分類の組合せのすべてにおいて、非正規労働者の平均年収が著しく低いことも示されている。

表2 雇用形態別の雇用シェア(上段)と平均年収(下段)

正規・非正規以外の区分で労働者を見てみても、脆弱性には偏りがあることが確認できる。表3では、女性の方が男性よりも、コロナショックに対してより脆弱であることが見て取れる。また、表4は労働者の教育水準に着目し、大卒以上の労働者よりも、大卒未満の労働者の方が、コロナショックに対して脆弱であることが示されている。

さらに、これら2つの観点のどちらにおいても、ショックに対してより脆弱な労働者のグループ(対人的・非フレキシブル)の方が、所得が低いことも見て取れる。これらのデータは、コロナ危機によるショックが低所得者層に対してより深刻な影響を与え、格差を拡大しうる可能性を示唆していると言えるだろう。

表3 男女別の雇用シェア(上段)と平均年収(下段)

表4 学歴別雇用シェア(上段)と平均年収(下段)


コロナ危機初期の消費支出データ

さらにKikuchi, Kitao and Mikoshiba (2020)では、日本でコロナ危機が本格化した初期の数週間を含む「JCB消費NOW」クレジットカード取引支出データを用いて、コロナショックが購買行動に及ぼした影響を分析している。具体的に、データの期間は2020年1月前半~3月後半の対前年同期比に着目した分析を行っている(ただし、クレジットカードデータは4月中旬時点での速報値に基づいており、確報値とは異なる可能性があることに注意されたい)。

ここではまず、購入した財・サービスの種類、それらの小売・卸売マージン、製造元に基づいて、多様な財・サービス支出を産業別に分類した。次に、細分化された産業において、ショックへの脆弱さの議論と同様の労働者の分類(一般的vs.対人的な産業、フレキシブルvs.非フレキシブルな職業)に基づいた分布を用いることで、それぞれの職業に就く労働者の属する産業が直接的・間接的に受けると考えられる消費行動の変化を、前年同期比で比較した。

図1を見てみると、特に3月において、一般的な産業と比べて対人的な産業での落ち込みがより大きくなっている。また図2では、フレキシブルな職業に就く労働者の多い産業と比べてそうでない産業における落ち込みが大きくなっていることがわかる。

図1 支出の変化:一般的な産業vs.対人的な産業(対前年同期比%変化)



図2 支出の変化:フレキシブルな職種vs.非フレキシブルな職種(対前年同期比%変化)


最後に、上記のデータの定義について詳しく確認しておこう(関心がなければ、この段落は読み飛ばしてもかまわない)。図1と図2は、「JCB消費NOW」と、経済産業省・総務省「経済センサス-活動調査」のデータを用いて、各分類のクレジットカード利用額の前年同期比の変化を示したものである。「一般的産業」には、電子商取引、電力の生産・送配電、通信、オンラインコンテンツ配信の各カテゴリが含まれている。また「対人的産業」は、外食、旅行、医療、交通、娯楽、宿泊の各カテゴリで構成されている。フレキシブルか否かについては、国土交通省「テレワーク人口実態調査」を用いて、その職業内でリモートワークが可能な労働者が20%以上の場合をフレキシブルな職業、それ未満の場合を非フレキシブルな職業と定義した。小売業については、各産業の小売・卸売マージン(経済センサス-活動調査)に基づいて、販売された財・サービスの小売業と卸売業に総支出を配分し、残りを支出品目に応じて製造業、農業と漁業に配分している。また、図1と図2は名目支出額に基づいている。なお、2020年1月、2月、3月の消費者物価指数(CPI)の上昇率は0.7、0.4、0.4(前年同月比%、総務省)であり、ここでの計算においては考慮していない。

おわりに

このコラムで紹介したKikuchi, Kitao and Mikoshiba (2020) では、新型コロナ危機がマクロレベルでの経済活動を縮小させるだけでなく、特に低所得者層に及ぼす影響が甚大であることから、短期的に格差を大幅に拡大させる可能性が示唆されている。

政府は今後、変化し続ける労働市場のデータを注視して、特に新型コロナ危機に対して脆弱な人々の経済状況に細心の注意を払い、甚大な影響を受けた人々に対して迅速かつ十分な支援を行っていくことが重要となるだろう。

参考文献

Baldwin, R. and B. Weder di Mauro (2020) "Economics in the time of COVID-19: A new eBook", VoxEU column.

Kaplan, G., B. Moll and G. Violante (2020) "Pandemics according to HANK," working paper.

Kikuchi, S., S. Kitao and M. Mikoshiba (2020) "Heterogeneous Vulnerability to the COVID-19 Crisis and Implications for Inequality in Japan," CREPE Discussion Paper No. 71.

Kitao, S. and M. Mikoshiba (2020) "Females, the elderly and also males: Demographic aging and macroeconomy in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, 56. Article 101064.

Yokoyama, I., K. Higa, and D. Kawaguchi (2019) "Adjustments of Regular and Nonregular Workers to Exogenous Shocks: Evidence from Exchange-Rate Fluctuation," Industrial and Labor Relations Review. Forthcoming. (紹介記事:CREPEフロンティアレポート10号)

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)