東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-6:新型コロナショックと東日本大震災に対する消費・物価の反応

渡辺努(東京大学大学院経済学研究科教授)


画像提供:CORA / PIXTA(ピクスタ)

(注)本稿は、Tsutomu Watanabe "The Responses of Consumption and Prices in Japan to the COVID-19 Crisis and the Tohoku Earthquake" (Vox-EU, 04 April 2020) に基づき、2020年4月27日現在で利用可能な最新のデータを用いて改訂したものである。

サマリー

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大によるショックが日本を襲ってから2カ月ほどしか経っておらず、経済に及ぼす影響の全容はまだ明らかにはなっていない。本コラムでは、新型コロナウィルスによるショックと、もう1つの巨大な自然災害である、2011年3月に日本を襲った東日本大震災に対する、消費と物価の反応を比較した。この2つの危機における、日次データで見た場合のスーパーの売上と物価の反応は、非常によく似ている。しかし、今回紹介する実証分析の結果からは、大震災後は財・サービスにおける物価の上昇が予想されていたのに対して、新型コロナウィルスによるショックでは、物価の下落が予想されていることがわかった。このことから、新型コロナウィルスショックによる景気の悪化を主導するのは供給へのショックではなく、主にホテルやレジャー、交通、小売業など、フェイス・トゥ・フェイスのサービス産業に対する需要に対するショックだと考えられる。

目 次
消費者の「3密」と労働者の「3密」
クレジットカードデータに表れる現在の消費パターン
モノの買いだめ
インフレ予想の下振れ
一時的な公衆衛生被害が引き起こす、長期的な経済被害
参考文献

消費者の「3密」と労働者の「3密」

新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大によるショック(以下、コロナショック)が日本を襲ってから2カ月ほどしか経過しておらず、経済に及ぼす影響の全容はまだ明らかにはなっていない。しかし、多様なデータがいくつかの事実を伝え始めている。このコラムでは、そうしたデータから見えてきた特徴を概観し、それを起点に今後の展望を考えてみたい。

まずは供給側から見ていこう。人々(この場合は、労働者)が家にいることで、生産活動への従事が難しくなる。もちろん、リモートワークが可能な仕事もあるため、家にいるからといってすべての生産活動がまったくできなくなるというわけではない。しかし、工場の生産ラインにおける作業などは、現場で他者と協働することが必要となるため、リモートワークで実施することはできないだろう。また、ウィルス感染による死亡は、労働者の減少を意味する。こうした事態は、100年前のパンデミック、すなわち1918年に始まり、1919年に終息した「スペインかぜ」の際に生じた。スペインかぜは、世界の人口の約2%もの死者を出したとされている。また、死者が働き盛りの労働者に集中したこともあり、生産量の下落を引き起こした。

次に需要面に目を向けると、人々(この場合は、消費者)が家にいることで、消費活動が低迷する。サービスの種類によっては、店舗等のスタッフや顧客との接触が避けられない。その代表例は、スポーツ観戦や映画鑑賞などのエンターテイメントであろう。このようなサービスを提供する企業は、従来のカテゴリーでは、ホテル、レジャー、交通、小売業などの産業である。本コラムでは、これらのサービスを総称してフェイス・トゥ・フェイス(F2F)産業と呼ぶ。

コロナショックが供給と需要に及ぼす影響は次のような例を考えるとわかりやすい。モノとサービスを労働者が生産しそれを消費者が消費する状況を考える。サービスはラーメン店、モノはカップ麺だとしよう。コロナ感染が拡がると人々は人との接触を恐れラーメン店に通うのを控えるようになる。しかしラーメンを食べないわけにはいかないので、代わりにスーパーでカップ麺を買って家で食べる。多くの人の巣ごもり消費はこんな感じだろう。「消費者の3密」を避けるためにカップ麺へと消費者が需要をシフトさせたということだ。

需要のシフトは労働者に影響を及ぼす。ここで労働者とは、ラーメン店の店員や、カップ麺の生産・販売・流通に関与する企業で働く人のことだ。需要シフトの結果、ラーメン店の生産は減少し、そこで働く人の労働投入も減少する。ラーメン店の店員の一部は失業するだろう。ラーメン店の価格は低下し、賃金も低下する。しかし話はこれで終わりではない。ラーメン店からカップ麺企業に目を移すと、こちらは消費者の需要が向かってきているので、生産を増やさなければならない。労働者たちは生産水準の引き上げのためにいつもどおり、あるいはいつも以上に、工場やオフィスに出勤する。賃金も多少上がるかもしれず、経済的には決して悪くない。しかし健康面では、同僚との距離を十分に保つことなく生産活動を余儀なくされたり、職場までの移動に公共交通機関を使わざるをえなかったりと、厳しい環境に置かれることになる。いわば「労働者の3密」だ。

労働者が3密を回避しようとすれば生産効率を犠牲にしなければならない。極端な場合には工場の稼働停止に追い込まれるかもしれない。そうなれば、カップ麺企業での労働投入が減り、生産も減る。需要増にもかかわらず生産が減るので、カップ麺の価格上昇が起きる。このようにして、サービス(ラーメン店)は価格低下、モノ(カップ麺)は価格上昇という対照的な反応が生まれる。前者だけ見ればコロナショックは需要ショックということになる。F2Fサービスを提供する企業(この例でいえばラーメン店)への政策支援を主張する論者はここにフォーカスしている。しかし後者に注目すればコロナショックは供給ショックであり、処方箋も自ずと異なってくる。政府が支援すべきはラーメン店ではなくカップ麺企業かもしれない。

100年前のスペインかぜの場合、供給能力の喪失は賃金や物価にも影響を与えた。Barro et al. (2020) によれば、パンデミックによる労働供給の減少は、財・サービスの価格を少なくとも一時的に20%ポイント引き上げた。記憶に新しい日本の例では、2011年に発生した東日本大震災ではGDPが急落し、物価が上昇した。これも、供給へのショックが支配的だった例だ(Watanabe et al. 2015; Carvalho et al. 2016)。それに対して、2008年の世界金融危機の際には、日本を含む先進国においてGDPが低下すると当時に物価も下落した。このことは、金融危機においては需要へのショックが支配的であったことを示唆している。コロナショックでは供給へのショックと需要へのショックの両方が生じているが、はたしてどちらの影響が支配的なのか。

クレジットカードデータに表れる現在の消費パターン

日本で流行が本格化し始めた2020年2月以降のデータを用いて、コロナショックが主に需要へのショックなのか、あるいは供給へのショックなのかを検証してみよう。

図1では、4月前半のクレジットカード利用額が、コロナショック直前に当たる1月後半からどのように変化したかを示している。赤の棒グラフはサービス、青の棒グラフはモノへの支出である。サービスでは、旅行支出が1月後半と比較して92%もの大きな幅で減少している。加えて、外食や交通などのほとんどのサービスでも支出が減少している。つまり、F2F産業における支出が大幅に減少していることがわかる。注目すべきは、F2F産業の支出の減少を引き起こしている主な要因は、1人当たりの平均支出額(すなわち、インテンシブ・マージン)の減少ではなく、それらのサービスに対して支出する消費者の人数(すなわち、エクステンシブ・マージン)の減少だということである(Watanabe and Omori 2020を参照)。一方、モノへの支出をみると、スーパーでは買いだめを反映して支出が大きく増えている。

図1 クレジットカード支出

(出所) 株式会社ナウキャスト「JCB消費ナウ」


モノの買いだめ

モノの買いだめの状況を詳しく見るために、図2では約1000店舗のスーパーから集めたスキャナーデータを用いて、日次の売上の対前年比の変化率を示した。新たな感染者数が2月22日あたりから急増したことを受けて、政府の専門家会議は24日、その後の1~2週間は感染が爆発するのか、それとも抑え込めるかの瀬戸際であるとの見解を示した。すると、2月24日にはスーパーでの購買が急増し、3月初旬には対前年比で20%近くにまで増加した。その後、買いだめが一段落して対前年比の変化率は減少し、コロナウィルスの流行拡大前とほぼ同水準にまで低下した。しかし、小池百合子東京都知事が東京の都市封鎖(ロックダウン)に言及した3月25日から(当日の会見のリンク)、売上の伸び率は再び上昇し始め、緊急事態宣言が東京など7都府県に発令された4月7日には対前年比で16%にまで高まった。

図2 日本の新規感染者数とスーパーの売上

(出所) 株式会社ナウキャスト「日経CPINOW」NHK「NEWS WEB」


スーパーの物価も、売上とほぼ同時期に上昇し始めた(図3の左のパネルを参照)。対前年比のインフレ率は、コロナウィルスショック前は0.9%程度だったが、バーゲンセールやディスカウントの機会が減少するに従って上昇し、4月初には1.9%に達した。

図3 コロナショックと東日本大震災時におけるスーパーの日次売上と物価

(出所) 株式会社ナウキャスト「日経CPINOW」


実は、こうしたスーパーの売上や物価の上昇は、東日本大震災のときに生じた状況と非常に似ている。当時は、福島原子力発電所の問題も同時に発生しており、先行きが不透明な状況であったこともあいまって、人々は買いだめに走った。図3の右のパネルは、震災前後のスーパーの売上と物価の推移を日次で示したものである。これを見ると、売上とインフレ率はまずは上昇を見せ、その後で低下するという、今回と似たようなパターンを示している。ただし、売上が正常の値に戻るまでに要した時間をみると、震災時は3週間から4週間であったが、今回は売上の増加が始まってから1カ月経っても前年比は感染前の水準に戻っておらず、長期化している。

インフレ予想の下振れ

買いだめの原因は、確率は非常に小さいかもしれないものの、人々がコロナウィルスが将来の生産に混乱を引き起こすと予想している点にある。この観点から、買いだめと、それに伴う物価の上昇は、人々が供給へのショックを予想していたことの表れだと考えられる。

このことから、モノの価格の急騰が、コロナショックによる消費者物価の上昇予想につながったのではないか、という疑問が生じてくる。この点を検証するために、図4では、シンクタンクなどの経済予測を行う機関によるGDP成長率とインフレ率への予測が、時間経過とともにどのように変化したかを示している。右端の予測が行われたのは3月であり、コロナウィルスの流行拡大の影響が反映されたものである。

GDP成長率に対する予想は2月から大きく落ち込んでおり、マイナス成長が予想されていることを示している。さらに重要なのは、インフレ予想が2020年2月の予測をわずかに下回っている点である。同様の傾向は、アメリカやユーロ圏でも観察される。さらに、債券市場のデータからインフレ予想(ブレークイーブンインフレ率)を見ると1%ポイント以上低下しており、インフレ予想が著しく低下していることがわかる。

現在のインフレ予想の低下は、東日本大震災のときとはまったく対照的である。震災後、図4の右のパネルのように、GDP成長率に対する予想は大きく低下したが、インフレ予想は低下するどころかむしろ上昇した。東日本大震災は資本ストックの破壊による供給へのショックだったため、供給のボトルネックが発生し、結果として物価の上昇が予想された。一方、今回の危機では、震災後と同じくカップ麺やトイレットペーパーなどの一部の品目では供給のボトルネックに対する懸念がなされたものの、他の多くの製品・サービスにはそうした懸念は波及しておらず、限定的なものであった。一方で、F2F産業の需要の急減がこうしたサービスの価格を下落させており、今後も続くだろうという予想から、消費者物価全体での下落が予想されている。

図4 予測機関によるGDP成長・インフレ予想

(出所) Consensus Economics Inc., "Consensus Forecasts".


一時的な公衆衛生被害が引き起こす、長期的な経済被害

東日本大震災では資本ストックが破壊され、その修復や置き換えに時間を要した。100年前のスペインかぜでは多くの生産年齢人口が死亡したが、この喪失した人的資本の回復にも時間を要した。このように、資本や労働力などの生産要素の置き換えには時間がかかるため、自然災害が引き起こす供給へのショックは、マイナス成長や成長の鈍化を長期化させる可能性がある。

これに対して現在の危機では、資本や労働などの生産要素の喪失はなく、近い将来にそのような喪失が起こるとの見通しもない。むしろ、新型コロナウィルス感染リスクへの懸念によるF2F産業における需要の減少が、危機の主な原因となっている。したがって、こうした懸念が消えれば、需要の減少もなくなり、F2F産業における需要は反転して上昇するだろう。しかしながら、株式市場ではそうしたV字回復が起こるとは予想していないように見える。

一時的な公衆衛生危機が、どのようにして経済危機の長期化を引き起こすのだろうか。Watanabe (2020) では、可能性のある2つのシナリオを提示している。第1のシナリオは、コロナウィルス感染によって引き起こされた健康危機が、金融危機に発展するシナリオである。F2F産業では経営が悪化している企業が多く、近い将来、実際に倒産する企業も出てきかねない。すると、そうした企業への融資が回収不能となり、金融機関にも影響が及ぶ可能性がある。

第2のシナリオは、パンデミック終息後にF2F産業への需要が戻らなないかもしれないというものだ。F2F産業の少なくとも一部は、コロナショックが起こる以前に技術革新の波に飲まれ、衰退しつつあった。クレジットカードデータを見ると、映画館や劇場への支出は近年減少傾向にあり、代わりにオンラインコンテンツ配信サービスへの支出が増加している。コロナショックは、こうした産業や企業に終止符を打つことになる可能性がある。

参考文献

Barro, R., J. F. Ursua, and J. Weng (2020) "The Coronavirus and the Great Influenza Epidemic: Lessons from the "Spanish Flu" for the Coronavirus's Potential Effects on Mortality and Economic Activity," AEI Economics Working Paper 2020-02.
Watanabe, T., I. Uesugi, and A. Ono, eds. (2015) The Economics of Interfirm Networks, Springer.
Carvalho, V., M. Nirei, A. Tahbaz-Salehi, and Y. Saito (2016) "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake," CEPR Discussion Paper No. 11711.
Watanabe, T. and Y. Omori (2020) "How Much Did People Refrain from Service Consumption due to the Outbreak of COVID-19?," CARF Working Paper Series, CARF-F-477, April 2020. Watanabe, T. (2020) "The Responses of Consumption and Prices in Japan to the COVID-19 Crisis and the Tohoku Earthquake," Working Paper Series, CARF-F-476.

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)