東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-12 COVID-19下の求職市場――ハローワークの公開業務データからの考察

川田恵介(東京大学社会科学研究所准教授)

(注) 本分析は、筆者のウェブサイトで定期的に更新されます。

本稿の目的

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が長期化するなかで、継続的な政策対応が求められている。このような政策を設計するうえで、基礎となるエビデンスは現状の把握であり、特に多くの家計に影響を与える労働市場の足下の状況をモニタリングすることは必須課題である。本稿では公的職業紹介業務(ハローワーク)を通じて蓄積・公開されている求人・求職・新規就職件数のデータを用いた考察を行う。

本稿では、Kawata and Sato (2021) [注] で提案された手法を上記のハローワークの業務に関するデータがまとめられている「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」の公表値に応用した結果を示す。この研究では求人・求職・新規就職件数の集計値のみを用いて、観測値の背後にある社会厚生指標を、標準的なサーチモデルと緩やかな仮定のもとで、計算できることを示した。この厚生指標を用いることで、詳細な個票データが使用できない状況でも、就職件数や入職率といった新規雇用の “量” のみではなく、新規に生み出された雇用の “質” についても着目した余剰分析が可能になる。

分析に用いたデータは厚生労働省が公開している「一般職業紹介状況(職業紹介業務統計)」のホームページから入手可能であり、分析に用いたRのコードやより技術的な説明は、筆者のGitHubのレポジトリ上で「ハローワークデータからみる労働市場」として公開している。またGitHub上では適時分析結果の更新も行う予定なので、関心がある読者は参照してほしい。

[注] Kawata, Keisuke and Yasuhiro Sato (2021) "A First Aid Kit to Assess Welfare Impacts," Economics Letters, 205, 109928.

公開業務データの活用

一般に労働市場の現状把握には、分析の質の担保とともに、分析対象・手法の多様性と速報性が求められる。この点において、ハローワークを通じて蓄積されるデータは、次の3つの大きな価値をもつ。第1に、実際の業務上の必要性から蓄積されるデータであり、調査データと比べて回答拒否などの問題が少ないことである。このため、分析の対象となる集団(母集団)や変数の定義が明確であり、結果の解釈が明瞭である。

第2に、同データは “求職者” に焦点を当てることを可能にする。他のデータでは、サンプルサイズの問題等から求職者について踏み込んだ分析を行うことが難しく、ややもすると見過ごされてしまう可能性がある。しかし、一般に求職者は、就業者に比べて労働市場において弱い立場である場合も多く、このような層への影響を明らかにすることは、労働市場を包括的に把握するために重要である。

第3に、速報性の観点からもハローワークデータは貴重である。同データの集計値は、「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」として毎月公表されている。労働市場についての月次データは、総務省統計局が公表する「労働力調査」など限られており、特に求職者の状況を詳細に把握できる政府統計は存在しない。このため公開データを有効活用することは、依然として重要となる。無論、公表値の背後にある個票データを多くの研究者が分析することは、多様性を確保するうえで必須である。しかしながら、研究者への提供を前提に設計されていない業務データの提供は、政策現場に負担を強いる可能性があり、提供には時間が必要となる。このため業務の一環として公開される情報を活用し、速報性を重視した分析を行いつつ、最終的には改めて個票データを用いた詳細な分析を実施する、という研究手順が現実的である。

データの紹介

以下の分析では、一般職業紹介状況(職業安定業務統計)の公開集計データを用いる。当該データはハローワークに登録された求人・求職・新規就職件数を集計したものであり、毎月末に公開されている。図1では四半期ごとに集計された各件数について、前年同期からの変化率を2000年第1四半期から2021年第2四半期まで計算し、示している。具体的には、yq 期の件数Y y,q をもとに以下の定義に基づく変化率を計算している。
Yy,q-Yy-1,q / Y y-1,q

図1 求人・求職・新規就職件数



図1からは、リーマンショックが起きた2008年頃やCOVID-19の影響を受けている2020年以降などの景気の後退局面において、求人・新規就職件数の大きな落ち込み、求職件数の増加が確認できる。この傾向は多くの先進国において観察されており、日本も例外ではないことを示している。

COVID-19下の求職市場を概観すると、2020年第2四半期に求人・新規就職件数が急落しており、特に新規就職件数の落ち込みはリーマンショック後を上回る水準であった。その後も前年同期を下回る水準で推移しているが、減少率は低下傾向にあり、2021年第2四半期には(2020年第2四半期と比べて)増加に転じている。

以下の議論で焦点を合わせるのは、この新規就職件数や求人増加を根拠として、「求職市場の悪化が底を打った」と考えていいのか、という問題である。この問題は、以下のような論点に分類できる。

(1) 求職者も増加傾向であり、"1人当たり"で考えると求職市場の悪化は続いている。
(2) 新規雇用の"量"は底を打っているが、"質"については悪化が続いている。

1つ目の論点については、新規就職件数や求人数を求職者で除すことで確認が可能であり、第4節で論じる。2つ目の論点については、公開データのみからでは、質の測定には限界がある。そこで第5節では、簡単な経済モデルを補助的に用いることで、公開データのみから質を測定するための Kawata and Sato (2021) で提案された手法を説明したうえで、応用する。

入職率・求人倍率

求職者 “1人当たり” の変化を捉えるために、以下の2つの指標について前年同月からの変化率を図2に示す。

入職率=就職件数/求職件数
求人倍率=求人件数/求職件数

入職率は同月に就職した求職者の割合、求人倍率は求職者1人当たりの求人件数を示す。通常どちらも値が大きいほど、求職市場の状態が “良い” と解釈されることが多い。

図2 入職率、求人倍率

入職率は、求職者1人当たりの入職しやすさを示す直接的指標である。図2からは、入職率は2021年第2四半期に増加に転じていることが見て取れる。すなわち、1人当たりの指標についても、“量” についての底打ち傾向が観察される。

しかし、図2には質についての直接的指標は含まれておらず、依然として新規雇用の質について論じることはできない。このため、「質の悪化」が続いている可能性は否定できない。次節では、入職率・求人倍率を作成した際に用いたものと同じ変数のみを用いて、“質” についての含意を得られることを示す。さらに、求人倍率の変化が “量” と “質” をともに考慮した総合的指標として有益であることを論じる。

求職市場の総合指標

一般に、求人の質を月次で持続的に把握できるデータは存在しない。毎月勤労統計調査や労働力調査では、年間の所得見込みや賃金については調査されているが、現在求職状態にある労働者に対して提示されている賃金ではない。このため、たとえば「すでに就業状態にある労働者については賃金の下落は生じていないが、高賃金の新規求人が減少している」場合、毎月勤労統計調査や労働力調査ではこの高賃金の求人減少をうまく捉えられない。

この問題に対して、Kawata and Sato (2021) は既存の「量に関する集計データ」(求人・求職・新規就職件数)のみから雇用の質を測定する手法を提案した。同手法は、標準的なサーチモデルを前提とした場合、「雇用の質」の変化率は求人充足率の逆数(求人数/就職件数)の変化率と一致することを示している。

本節では、同手法について直観的な説明のみ行う(技術的な詳細は公開中の「ハローワークデータからみる労働市場」、あるいは Kawata and Sato (2021) を参照)。標準的なサーチモデルにおいて求職者1人当たりのサーチ活動からの余剰は以下で定義される。
サーチ活動からの余剰=入職率×入職からの余剰

ここで問題となるのは、「入職からの余剰」の測定方法である。同余剰は、入職した場合の効用と求職状態を続けた場合の効用の差として定義され、求人の “質” を就業者の主観から評価した指標となる。しかしながら「効用」を直接測定することは “不可能” である。また効用は、就業した求人の就業条件や各求職者の「好み」などに依存し、大きな異質性を想定する必要もある。このため、入職からの余剰を直接的に測定することは、きわめて困難である。

ここでは、企業側の求人行動からこの余剰を間接的に測定することを試みる。重要な指標は「求人の充足状況(就職件数 / 求人件数)の変化」である。もし求人の充足状況が悪い(求人がなかなか埋まらない)状況であるにもかかわらず登録される求人は、企業側からみた場合には充足することからの余剰が大きい求人であると考えられる。

Kawata and Sato (2021) では、以上の直観を具体的に確かめている。その結果、一定の理論的条件(求人費用の短期的な不変性)のもとで、就職件数 / 求人件数の逆数の変化率が充足からの余剰の変化率と一致することが示されている。さらに、余剰を労働者・企業間で分配する(ナッシュ交渉)と仮定し、その分配率が短期的に不変性であるとするならば、企業側からみたこの変化率は求職者視点からみた余剰の変化率とも一致する。

以上の結果は、新規就職件数と求人件数という、毎月報告されている集計値のみを用いて、入職からの余剰の変化率を推測できることを示している。さらにサーチ活動からの余剰全体も、入職率の変化率と入職からの余剰の変化率を集計することで算出できる。具体的には、求人倍率の変化率とサーチ活動からの余剰全体の変化率が一致することが示せる。同手法の大きな利点はいくつかあるが、特に (1) 労働者・企業の観察できないタイプの分布や、(2) 生産関数や効用関数、マッチング関数、などについて特段の仮定・推定を必要としない点は重要である。このため理論的仮定の依存度を大きく減らせており、また詳細な個票データが入手できない状況でも使用可能であるということも大きな利点である。また、求職者が複数の部門(フルタイム・パートタイム、地域、職種)について同時に職探しを行っていたとしても、理論的結論は変化しない。

一方で、“量” のデータのみから “質” についての含意を導くうえで、いくつか重要な仮定が導入されており、この点には注意が必要である。特に求職市場全体での余剰を算出するためには、前年同月間・部門間で求人費用や労働分配率が一定であるという仮定が必要となる。各部門内での余剰のみを算出するのであればこの仮定は不要であるが、ここでは求職市場全体の記述を優先する。

図3は、前年同月からのサーチ活動からの余剰全体の変化率、およびそれに対する入職からの余剰と入職率の変化率のサーチ活動からの余剰全体への寄与度を示している。

図3 余剰

図3より、サーチ活動からの余剰全体は、2010年以降拡大傾向を続けていたが、徐々に頭打ち傾向を示し、COVID-19後に急落したことが読み取れる。また2020年第2四半期における急落の主要因は、入職率の低下にあり、新規雇用の"量"が問題であったことがわかる。入職率の低下傾向は徐々に緩和し、2021年第2四半期においては2020年第2四半期に比べて、増加に転じている。一方、入職からの余剰の低下傾向は2021年第2四半期も継続しており、これによりサーチ活動からの余剰も低下し続けている。すなわち、新規雇用の"質"も考慮した場合、求職市場の悪化傾向に歯止めがかかっていないことを示している。

産業別の寄与度

一般職業紹介状況(職業安定業務統計)では、毎月職種や地域などに集計された件数も報告されており、ある程度の異質性に着目した分析が可能である。COVID-19の影響は大きな異質性があることがこれまでの研究でも指摘されており、この点に目を向けるためには職種や地域(部門)別の件数も活用することが重要となる。特にCOVID-19については、過去の経済・社会ショックと大きく異なり、対面サービス業が感染症の拡大とその対策による影響を強く受けているため結果として、関連職種の雇用が悪化することが予想される。

Kawata and Sato (2021) で提案された手法は、求職市場全体の余剰に対する各部門の寄与度も算出できる(詳細は公開中の「ハローワークデータからみる労働市場」を参照)。図4では、サーチ活動からの余剰全体に対する各職種(職業中分類)の相対的寄与度を示す。特に余剰寄与度上位8職種については色分けを行い、個別に寄与度の推移を示している。

図4 職種別の余剰
図4より、「介護サービスの職業」や「社会福祉の専門的職業」の寄与度は2013年以降上昇傾向にあることが確認できる。特に「介護サービスの職業」の寄与度は、2020年第2四半期以降さらに急上昇しており、市場全体の余剰の10%以上を生み出している。対して「商品販売の職業」の寄与度は長期的に低下傾向にあり、COVID-19以降は減少幅がさらに拡大している。また「接客・給仕の職業」についてもCOVID−19以降、寄与度が急落している。
以上の職種はすべて、対面業務が主であることが考えられ、COVID-19の影響が職種ごとに大きく異なることを示している。しかしながら、ここではあくまでも余剰の職種間相対比較を行っているだけであり、「介護サービスの職業」などにおいても、余剰は前年同月比で低下している可能性がある。そこで図5では、各職種のサーチ活動からの余剰全体の変化率への寄与度を示す。

図5 職種別の寄与度
図5からは2019年までの余剰拡大傾向は、多くの職種における余剰拡大によってもたらされたことが確認できる。特に「介護サービスの職業」や「商品販売の職業」の寄与が特に大きく、「接客・給仕の職業」や「飲食物調理の職業」の寄与度も高い。

しかしながら2020年第2四半期以降、「保健師、助産師、看護師」や「社会福祉の専門的職業」などを除き、前年同月に比べて大きく減少している。この減少幅は、「商品販売の職業」「接客・給仕の職業」「飲食物調理の職業」において特に大きく、結果として介護や医療計職種の寄与度を相対的に押し上げていると考えられる。

今後の課題

本稿では2021年第2四半期までの職業紹介安定業務統計公開データを用いて、求職市場の記述を行った。結果、2021年第2四半期において新規雇用の量的側面においては、弱いながらも悪化の底打ち傾向がみられる。しかし質的側面に目を向けると、2020年と比較して悪化している傾向がみられ、さらに質・量をともに勘案した場合には悪化の底打ちがみられなかった。

以上の結果は、毎月公開されている雇用の量的な指標とKawata and Sato (2021) で提案されたサーチモデルに基づく質的な評価方法にも続いている。当該アプローチは、労働市場を持続的に測定することに比較優位性を持っており、今後も筆者のレポジトリ、および「ハローワークデータからみる労働市場」の更新は続けていく予定である。

ただし、Kawata and Sato (2021) の手法においても依然として実証的テストが難しい仮定が用いられている。そのため、個票データに基づく雇用の質についての分析結果を待ち、その実用面での性能をテストし続ける必要があるということは留意点として明記しておきたい。

編集担当:尾崎大輔(日本評論社)