東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-10 新型コロナ対策としてのマスク着用義務化――アメリカの政策評価と日本への示唆


笠原博幸(ブリティッシュコロンビア大学経済学部教授)


画像提供: Ryuji / PIXTA (ピクスタ)

(注)このコラムは、Victor Chernozhukov, Hiroyuki Kasahara and Paul Schrimpf (2020) "Causal Impact of Masks, Policies, Behavior on Early Covid-19 Pandemic in the U.S.," working paper (doi.org/10.1101/2020.05.27.20115139) 、および2020年7月13日に行われた東京大学ミクロ実証分析ワークショップでの報告(YouTube録画)に基づいて作成した。

(追記2020/10/19)このコラムの元論文は、Victor Chernozhukov, Hiroyuki Kasahara and Paul Schrimpf (2020) "Causal Impact of Masks, Policies, Behavior on Early Covid-19 Pandemic in the U.S.," Journal of Econometrics, Available online 17 October 2020, として出版。


イントロダクション

新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るう中で、最多の感染者・死亡者を出すアメリカでもさまざまな感染拡大抑制政策が実行されている。いわゆる「ロックダウン」等の政策介入は特に甚大な経済的被害を伴う一方、それに見合うような効果は期待できるのだろうか。本稿では、その中でも特に「マスク着用義務化」に着目して政策評価を行ったChernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) について、背景や関連研究とともに分析結果を紹介する。さらに、その結果をふまえて、日本が置かれた状況と今後の展望についても、直近のデータに基づいて議論する。

目 次
自発的な行動変容の効果か、政策の効果か?
もしアメリカ全土でマスク着用義務化政策が実施されていたら?
生活に必要不可欠でない小売業は営業を継続できるか?
自宅待機命令を解除したら感染は拡大するか?
政策か、自発的な行動変容か?
政策介入の経済的効果とトレードオフ
日本の新型コロナ対策評価と今後の展望

自発的な行動変容の効果か、政策の効果か?

世界中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっており、2020年7月現在で世界の感染者数は約1400万人、死者数も約60万人にのぼる。中でも、アメリカ合衆国の被害は大きく、累積の感染者数は約350万人、死亡者数は約14万人といずれも世界で最も多い(WHO Coronavirus Disease Dashboard)。まだワクチンや治療薬のない新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、各国の政府は、自宅待機などの行動制限命令、学校閉鎖、社会的距離の保持(ソーシャル・ディスタンシング)、企業の営業制限、そして都市封鎖(ロックダウン)などのさまざまな「公衆衛生的介入(Non-pharmaceutical Interventions)」を実施している。

アメリカ等で実施されている多様な政策を評価した研究も急激に蓄積されているものの、その政策効果については議論の最中であり、研究者の間でもコンセンサスは得られていない。政策介入以外にも感染拡大抑制につながる行動を促す要因は数多く存在し、識別が非常に難しいからだ。たとえば、感染者数・死亡者数増加の報道を見れば、人々は感染リスクを感じて外出を控えたり、手洗いやマスク着用などの予防行動を徹底するようになったりするかもしれない。こうした行動変容は、政府の政策がなくても生じうるため、実際に観察された人々の行動変容や感染者数・死亡者数の減少のうち、いったいどの程度が政策の効果で、どの程度が人々の自発的な反応の結果なのかを区別して測定することが非常に難しい。

たとえばHsiang et al. (2020) は、アメリカ、中国、イタリアなど複数の国々のデータを用いて、感染者数の増加率に対する政策効果を検証しているが、社会的距離の保持を捉えた尺度は用いていない。しかし、政策や情報に反応して人々が外出を控え、社会的距離を保持するようになることは、感染者数の増減に大きく影響すると考えられる。この点に着目した研究も蓄積されているものの、まだ議論の決着には至っていない。たとえば、Abouk and Heydari (2020) は政府の政策が人々の接触を削減したという因果的効果を強調する一方で、Maloney and Taskin (2020) は人々が社会的距離を保持するようになったのは感染リスクの情報を得た人々が自発的に行動を変えたことが要因だと主張している。

政策効果を検証する有用な手法の1つに、「もし政策が行われていなかったとしたら、一体どれほどの感染者・死亡者が出ていたのか」という仮想的な状況を現実と比較して分析する「反実仮想(counterfactual)」アプローチがある。現実のデータと、因果関係を捉えたモデルに基づいて分析することで、政策や感染リスクに関する情報がどのような経路で人々の行動を変えたのか、または感染者・死亡者数の推移にどんな影響を与えたのか、といった問題の因果関係に迫る手法だ。

このアプローチで政策評価に挑んだ研究が、本稿で紹介するChernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) である。この研究では、2020年3月7日から6月3日を対象に、州ごとの感染者数・死亡者数のデータ、Googleの位置情報に基づく人々の移動頻度データと、各州政府が政策を実施した時期のズレや実施の有無などの差異の記録が用いられる。これらのデータと、以下で述べる因果関係の枠組みを用いて、政策と人々の自発的な行動変容を区別し、適切に政策の因果的効果を実証する。

分析では、新型コロナウイルス感染症の感染者数と死亡者数の増加率の変化(Yi,t+l )に着目する。そして、各州政府が実施した感染拡大抑制のための政策(Policy:Pit )と、公表される現時点での感染被害の水準や増加率に関する情報(Information:Iit )、人々の政策や情報に対する反応(Behavior:Bit )がYit に及ぼす影響を捉える。なおBit は、Googleのデータに基づいて人々の移動頻度を捉えたものだ。加えて、州ごとに異なる固有の特徴や月ごとに固有の要因(Wit )を考慮する。i は州を、t は観測日を表しており、州単位、かつ日時で経時的なデータを蓄積する。また、Yi,t+l は、感染からのタイムラグがあることをふまえ、t+l 日に実現する値が用いられる。

この研究で特に注目する政策Pit は、「労働者へのマスク着用義務化」である。公の場でのマスク着用は、日本では新型コロナ以前から定着している一方、アメリカではさまざまな議論があり、抵抗感を持つ人は少なくない(たとえば、時事ドットコムニュース「マスク戦争勃発? なぜアメリカ人はマスクを嫌がるのか」等参照)。そのため、マスク着用義務化にも厳しい反応が少なくなかった。

しかし本研究の分析結果から、政策の中でも特に、マスク着用義務化の効果が大きいことが明らかになった。具体的には、もしアメリカ全土で2020年4月1日から労働者にマスク着用が義務化されていれば、5月末までの死亡者数が17~55%減少していたというものである。これは大まかに、マスク着用義務化が約1万7000人から5万5000人もの命を救っていたことを示唆しており、非常に大きな効果だと言える。マスクは、個人にとっては不快で身に着けたくないものだとしても、感染拡大を防ぐ効果があるという意味で「正の外部性」を持つ。この点に、マスクの着用を社会的に望ましい水準まで引き上げるためにも、政府が政策介入する意義がある。

上記の設定のもとで、それぞれの変数の関係を図1のように捉える。まず、政策Pit の効果は、累積の感染者・死亡者数の増加率Yit に対して直接影響を及ぼす場合と、人々の行動Bit を通じて間接的に影響を及ぼす場合を区別して捉える。情報Iit は、政策Pit と行動Bit を通じて感染者・死亡者数の増加率Yit に影響を与えると考える。加えて、州ごと・月ごとに固有の要因Wit は、すべての変数に同時に影響を与えうると想定する。Wit は「交絡因子」などと呼ばれ、観察されたデータから因果関係を分析する場合には、この要因をしっかり統制することがきわめて重要となる。さらにこのモデルでは、今日の感染者・死亡者数の増加率Yit は、一定の期間後、たとえば現実的には2週間のタイムラグを経て情報 Ii,t+l の一部となり、政策や人々の行動、そして感染者・死亡者数の増加率に影響を及ぼすという形で、状態がダイナミックに移り変わる状況も捉えている。

図1 感染者数・死者数の増加に及ぼす因果的影響の経路


(注)Iit は情報、Wit は交絡因子、Pit は政策、Bit は行動であり、i は州、t は観測日を示す。また、Y(it+l) は感染者・死亡者数の増加率であり、t+l 日で実現する。

この枠組みに基づいて因果関係を考えることで、政策の (1)「新型コロナウイルス感染症の拡大抑制に直接もたらす効果」と、(2)「人々の行動の変化を通じて間接的に及ぼす効果」を、区別して分析することができる。また、(3) ダイナミックな状況を捉えることで、「自身が住む州での感染者・死亡者数といった新しい情報を見て、社会的距離を保持、手洗い、マスク着用などの行動を、政策とは関係なく自発的にとる効果」も考慮できる。本研究では政策効果をこの3つに分解し、定量的に分析する。既存研究の多くは、本研究の因果関係の枠組みで考えれば、個別の経路に焦点を当てているとみなせる。一方で、本研究は因果関係の枠組み全体を分析するものと位置づけられる。

ここで、本研究で用いたデータを紹介する。先にも述べた通り、本研究では2020年3月7日から6月3日までの期間を分析の対象としている(ただし、データはすべて7日間移動平均)。アメリカの各州の人々の行動は、Googleが公開する匿名化された個人の位置情報の集計データである「Google モビリティレポート」に基づいている。日時の感染者数や死者数のデータは、ニューヨークタイムズジョンズホプキンス大学、およびCovid Tracking Projectが公開するデータに基づいている。また、各州の政策は、Raifman et al. (2020) のデータベースに基づいている。これには、各州で学校閉鎖や自宅待機命令、持ち帰り以外のレストラン閉鎖、生活に必要不可欠ではない小売業の営業禁止、労働者へのマスク着用義務化などの政策がいつ始められたのかなどについての情報が盛り込まれている。

以下では、これらのデータを用いて行われた、「もしマスク着用義務化が4月1日にアメリカ全土で行われたら?」「必要不可欠でない企業が営業を続けていたら?」「自宅待機命令が行われなかったら?」などの反実仮想分析の結果を紹介する。

もしアメリカ全土でマスク着用義務化政策が実施されていたら?

はじめに、アメリカにおける実際のマスクの着用義務化と実際の感染者・死亡者数の推移の関係について確認する。図2を見ると、4月末以降、対面業務を行う企業で働く人々にマスク着用を義務化した州は、マスク着用を義務化していない州に比べて感染者・死亡者数の増加率が低い傾向にあることを明確に示している。

図2 マスク着用義務ありの有無と感染者・死亡者数の増加率


(注)青線はマスク着用が義務化された州、赤線はマスク着用が義務化されていない州を示す。

この事実をふまえ、Chernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) は、先に述べた枠組みに基づいて、これらに因果関係が存在することを実証した。さらに、マスク着用義務化政策のほとんどが、感染者・死亡者数に直接的にもたらした効果であったこと、つまりマスクを着用することが直接的に接触当たりの感染リスクを引き下げる効果があったことも明らかにした。

図3は、死亡者数に関する反実仮想分析の結果を示している。ここでの反実仮想は、「もしアメリカ全土で4月1日から労働者にマスク着用が義務化されていたら」である。分析の結果、実際にこの政策がとられていれば、週ごとの累積感染者数の増加率が10%、死亡者数が40%近くも、相対的に減少していたことが示された(90%信頼区間は17~55%)。この結果は、4月1日から6月初旬まで、実に1万7000人から5万5000人もの命が救われていたことを示唆している(WHO Coronavirus Disease Dashboardによれば、6月3日時点での累積死亡者数は約10万人)。

図3 4月1日にマスク着用を義務化した場合の相対的な死亡者数の減少率


(注)薄い青の網掛けは90%信頼区間 [17, 55] %を示す。

この結果は、異なる因果推論の手法でドイツのデータに基づいて分析したMitze et al. (2020) の結果と整合的である。彼らは、マスク着用の義務化によって感染者数の増加が20%も減少したことを示している。またこの結果は、Hou et al. (2020) による実験研究の結果とも一致している。彼らの研究では、初期の感染で重要になるのが鼻腔である可能性が示唆されており、マスクの使用がエアロゾル、大きな飛沫、鼻腔への人工的な暴露の防止につながることが示唆されている(エアロゾル等については、東京大学保健センターホームページ「感染の方法」参照)。加えてAbaluck et al. (2020) はマスクの効果を実証しており、マスクを着用する規範のある国は、それがない国と比べて感染者・死亡者数の増加率が8~10%程度低いことを示しており、この結果も本研究と整合的である。

生活に必要不可欠でない小売業は営業を継続できるか?

図4では、「もし生活に必要不可欠でない小売業が営業し続けていたら」という反実仮想の分析結果を示している(なお、映画館、ジム、レストランへの営業禁止は別の政策で規制されるため、この分析では除かれている)。この分析は、累積の感染者・死亡者数が15%増加していたことを示唆しており(90%信頼区間は-20~60%)、マスク着用義務と比べれば効果は大きくないと考えらえる。そのため、幅広くマスク着用を義務化すれば、感染被害を抑えつつ経済活動をある程度オープンにすることができると解釈することもできるだろう。

図4 必要不可欠でない企業が営業を続けていた場合の感染者の増加率


(注)薄い青の網掛けは90%信頼区間 [-20, 60] %を示す。

自宅待機命令を解除したら感染は拡大するか?

図5は、「もし自宅待機命令が実施されていなかったら」という反実仮想に基づいて分析を行った結果を示している。この分析の結果は、6月初旬までに累積の感染者数が80%増加していたということを示唆している(90%信頼区間は25~170%)。これは、もし自宅待機指示が実施されていなかったとしたら、アメリカの感染者数は50~340万人にのぼっていた可能性を示している(WHO Coronavirus Disease Dashboardによれば、6月3日時点での累積感染者数は約180万人)。さらに、この分析結果は、自宅待機命令を解除して経済活動を再開することが、感染者・死亡者数の大幅な増加につながる可能性があることを示唆する重要なエビデンスだと考えられる。

図5 自宅待機命令を実施しなかった場合の感染者の増加率


(注)薄い青の網掛けは90%信頼区間 [25, 170] %を示す。

政策か、自発的な行動変容か?

このように、本研究では政策の感染拡大抑制効果が確認されており、特にマスク着用義務化が大きな効果を発揮していることが示唆されている。この点はHsiang et al. (2020) などの研究とも整合的である。同研究では、観察された感染者・死亡者数の増加率低下のうち、政策の効果は約1/3~2/3程度であったと説明している。

さらに本研究では、政府の政策と、過去の感染者・死亡者数の情報が、どちらも人々の社会的距離の保持を促す重要な決定要因となっていたことも明らかにした。具体的には、Google モビリティレポートに基づく人々の移動頻度の減少のうち、約50%程度が政策の効果であり、残りは情報に対する自発的な反応の効果であることを実証した。これは、政策の実施と人々の自発的な反応は、どちらも感染者・死亡者数の減少に大きな効果を発揮することを示唆する結果である。

ソーシャルメディアなどでは頻繁に、「政府の封じ込め政策は重要ではない」「観察された感染拡大の抑制や社会的距離の保持は、自発的な行動変容の結果だ」などといった強い主張を目にする。しかし、本研究の分析結果からもわかるようにこうした主張は誤った認識であり、統計的な分析をふまえてきちんと議論すべきであろう。

そのような主張が頻繁に見られる理由の1つとして、学校閉鎖の効果を適切に識別することの難しさなどが挙げられる。図6に示すように、学校閉鎖のタイミング(図6右)は、Googleモビリティレポート(図6左)に基づく人々の移動の大幅な減少に先行するか、ほぼ一致していることが見て取れる。

学校閉鎖の増加は、感染者数の大幅な増加とも同時に発生している。アメリカのデータだけでは学校閉鎖のタイミングは州ごと変動がクロスセクション方向では乏しい。そのため、感染者数が一気に増えたタイミングで学校が閉鎖された場合、感染者数急増という情報を受けて人々が行動を変えた結果としてその後の感染者数が減ったのか、学校閉鎖政策が直接効果をもたらしたのかを区別することができない。そのため、この政策効果を正確に分析するには、学校閉鎖のタイミングが異なる複数の国を捉えたクロスカントリーなデータなどを用いて分析する必要がある。

図6 職場における人手の推移と、学校閉鎖州の推移


(注)左図はGoogle モビリティレポートより、職場での人出の推移を示しており、3月後半の2週間で急落している。右図は学校閉鎖した州の割合の推移を示しており、職場での人出をやや先行して推移している。

政策介入の経済的効果とトレードオフ

政府による公衆衛生的介入の感染拡大抑止効果を定量的に把握することは、経済的な厚生と健康面での厚生のトレードオフを理解するうえできわめて重要である。特に、ロックダウンや行動制限などの封じ込め政策は、感染拡大抑制に貢献する一方、非常に大きな経済的コストも伴うことは明らかだ。このトレードオフに直面する中で、社会厚生の観点からどのような政策が望ましいかを議論した研究は盛んに行われている。

本研究では、マスク着用義務化政策は他の政策介入と比べて経済的なコストが非常に小さく、感染拡大抑制に大きな効果をもつことが実証された。たとえば、社会厚生の観点から政策を評価する場合に用いられる指標として、統計的生命価値(statistical value of life)がある。これは、ある事象に起因する死亡リスクを回避するために支払ってもよいと考える金額に基づいて算出される指標であり、交通政策や環境政策などの文脈でも用いられている(たとえば古川・磯崎(2004))。この価値が、たとえば500万ドルとすると、マスク着用義務化によって4~5月に4万人の人命が救われた場合には2000億ドルの経済効果があるとみなせる。この数字は非常に大きなものであり、マスク着用義務化はこの点からも実施・徹底すべき政策だと評価できるだろう。

日本の新型コロナ政策の評価と今後の展望

Chernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) の分析対象はアメリカであったが、著者の1人の笠原氏は星紀翔氏(一橋大学大学院、ブリティッシュコロンビア大学大学院)と共同で、日本の感染拡大抑制政策を評価するための研究も始めている。本稿の最後に、アメリカで実証されたマスク着用義務化政策等の効果をふまえ、現在の日本が置かれた状況や政策について現時点でどのように評価できるかを議論したうえで、今後の展望をまとめておこう。

まずは、アメリカのデータでも確認したGoogle モビリティレポートと感染者数の増加率の関係を、日本についても見てみよう。日本のメディアなどでは、毎日の新規感染者数が特に重視されて報道されるが、この数字は検査のキャパシティや検査対象者、自治体の情報処理能力など、真の感染者数以外にもさまざまな要因で増減してしまう。そのため、この数字だけでは現状を捉えることはできないかもしれない。そこで、実際の人出の増減をGoogleモビリティレポートで確認し、それと感染者の増減の関係を見ることで、より正確に状況を捉えることができる。

その関係を直近で利用可能なデータに基づいて描いたのが図7である(2020年7月27日現在)。ここでは特に、首都圏の1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に着目している。図を見ると、首都圏に緊急事態宣言が出された4月7日から5月上旬のゴールデンウィークにかけて、人出の減少とともにタイムラグを考慮した感染者数の成長率も一気に減少していることがわかる。そして、5月25日の緊急事態宣言解除後、再び人出が増加するとともに感染者数の成長率も増加している。特に、6月から7月現在に至るまでの感染者数の増加と人出の活発化が軌を一にしている状況が、見て取れるだろう。

図7 日本のモビリティ指数と感染者数の関係


(注)星紀翔氏作成。

このような状況下で、政府の主導する「Go Toトラベルキャンペーン」が当初の予定より前倒しされ7月22日から開始された。直前に東京都が対象から除外されるなど実施面でさまざまな混乱が生じているものの、キャンペーンによって人々の移動が増えた場合には、感染者数も増加していくことが図7からは示唆される。今後のさらなる感染者数の増加には十分注意しつつ、政府や人々は対策を講じていく必要があるだろう。

Chernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) によれば、アメリカで実施された政策の中でも、特にマスク着用義務化政策の効果が非常に大きい。先に触れたように、アメリカでは日常的にマスクを着用する習慣はなく、新型コロナが拡大する状況下でもなかなか浸透はしなかった。一方で、日本は日常的にマスクを着用する習慣があり、国際的に見てもマスクの着用率は高い。実証結果に照らせば、マスク着用が定着していたことが、日本で感染者数や死亡者数の増大を抑えていた一因であると考えることができる。また、世帯にマスクを配布した「アベノマスク」はしばしば批判されるものの、マスク着用の重要性を国民に周知したという点では意味があったかもしれない。ただ、7月現在はマスクの供給が十分であり、多くの国民がすでにその重要性を理解している。この状況下では、政府が世帯に追加で布マスクを配布する必要はないだろう。

図7で見たように、現在日本では再び感染者数が増加している。当初は飲食を伴う場所からの拡大だったが、このような場は人が集まり(密集)、閉鎖され(密閉)、近接して会話や発声等が行われる(密接)、いわゆる「三密」の空間であることに加えてマスク着用が難しく、特に感染リスクが高いと考えられる。そのため、今後も注意する必要があるだろう。

加えて、夏をむかえてマスク着用が難しくなると、そのことが感染者数を増やす一因になる可能性もある。屋外は必ずしも三密空間ではないが、人が密集して会話するような場所では、熱中症等のリスクに気を付けつつも、マスクは着用すべきだろう(厚生労働省「『新しい生活様式』における熱中症予防行動のポイント」)。その点では、密集・密接した状態で会話や飲食する状況をなるべくつくらないために、テーマパーク等への入場を予約制として人数を制限するという現在実施されている対策は重要である。また、暑くて屋外でのマスク着用が難しい日には、他者と十分な距離(少なくとも2m以上)をとれない場所へは出かけないなどの対応も必要となるだろう。

Chernozhukov, Kasahara and Schrimpf (2020) の分析結果をふまえれば、今後経済を再開する局面に入る中で、特にマスクの効果を認識して適切に利用することが感染拡大抑制に効果的を発揮するだろう。このことが医学的研究のみならず、観察データに基づいた社会科学の実証研究からも得られたという点でも、この研究の意義は大きい。新型コロナウイルス感染対策については、専門家の間だけでなくメディアや一般の人々の間でも議論が展開され、意見も必ずしも一致しない。大きな経済的なダメージを伴う政策が実施され、甚大な被害を受ける人々がいる中で、感染終息への見通しもなかなか得られない。まさに現在進行形の問題について、今後もさまざまな視点から科学的分析とそれに基づくエビデンスが蓄積されていくことが、今後の対策を適切に行っていくためにもきわめて重要となるだろう。

参考文献

Abaluck, J. et al. (2020) "The Case for Universal Cloth Mask Adoption and Policies to Increase Supply of Medical Masks for Health Workers," working paper.
Abouk, R., and Heydari, B. (2020) "The Immediate Effect of COVID-19 Policies on Social Distancing Behavior in the United States," working paper.
Chernozhukov, V., Kasahara, H. and Schrimpf P. (2020) "Causal Impact of Masks, Policies, Behavior on Early COVID-19 Pandemic in the U.S.," working paper.
Hou, Y. J. et al. (2020) "SARS-CoV-2 Reverse Genetics Reveals a Variable Infection Gradient in the Respiratory Tract," Cell, 182(2): 429-446.
Hsiang, S. et al. (2020) "The Effect of Large-Scale Anti-Contagion Policies on the Coronavirus (COVID-19) Pandemic," Nature, Published 08 June 2020.
Maloney, W. F. and Taskin, T. (2020) "Determinants of Social Distancing and Economic Activity during COVID-19: A Global View," Policy Research working paper; no. WPS 9242;COVID-19 (Coronavirus), World Bank.
Mitze, T., Kosfeld, R., Rode, J. and Wälde K. (2020) "Face Masks Considerably Reduce COVID-19 Cases in Germany," working paper.
Raifman, J. et al. (2020) "COVID-19 US State Policy Database," OPENICPSR.
古川 俊一・磯崎 肇 (2004)「統計的生命価値と規制政策評価」『日本評価研究』4(1): 53-65。

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)