東京大学政策評価研究教育センター

CREPECL-9: 感染拡大を防ぐ行動制限のトレードオフ――Google位置情報と倒産履歴から探る経済的影響


宮川大介(一橋大学大学院経営管理研究科准教授、東京大学大学院経済学研究科附属政策評価研究教育センター招聘准教授)


画像提供:genki / PIXTA(ピクスタ)

(注)このコラムは、宮川大介・尻高洋平・武政孝師・原田三寛・柳岡優希(2020)「コロナショック後の人出変動と企業倒産:GoogleロケーションデータとTSR倒産データを用いた実証分析」(4月13日付RIETI Special Report)の内容を要約して紹介したものである。より詳細な内容は、同論文を参照されたい。

イントロダクション

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を防ぐため、政府は2020年4月7日に、同日から5月6日までを期限とした「緊急事態宣言」を発出した(新型コロナウイルス感染症対策本部〔第27回〕)。このとき対象となったのは埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県であったが、4月16日には対象を全都道府県に拡大すると発表した(同本部〔第29回〕)。さらに、5月4日には緊急事態措置の実施期間を5月31日まで延長することを発表した(同本部〔第33回〕)。緊急事態宣言は、それまでに出されてきた外出や営業の自粛(行動制限)の要請をより強く打ち出すものである。

日本でも世界でも状況は目まぐるしく変動しているが、2020年1月に中国での感染事例が報告されて以降、感染は世界中の国々に拡大し、各国でさまざまな対応がとられている。欧米諸国などでは、日本よりも厳しい外出禁止令やロックダウン(都市の封鎖)を通じた行動制限が課されている。これらの措置は疫学的な観点からその効果が有力視されるものであり、実際に感染拡大を抑える成果を上げているとされる。しかし、人の移動を制限することが経済活動を停滞させてしまうことも避けられない。実際、ロックダウンが続く中で感染者数・死者数が最も多いアメリカでは、4月の失業者数が約2050万人、失業率は14.7%を記録し「1930年代の世界恐慌以降で最悪の水準になった」と報じられた(BBC NEWS JAPAN〔2020年5月9日〕)。

このように、個人や企業の行動制限を伴う政策を導入・評価する際には、疫学的な正の効果と、経済的な負の効果の「トレードオフ」を念頭においた議論が必要となる。言うまでもなく、こうした議論に際しては、短期的な結果だけに注目するのではなく、長期的な視野で感染拡大の影響や政策の効果を議論する必要がある。これは、短期的に負の経済的影響を被るとしても、感染拡大を早期に抑え込むことができればより早く経済活動を再活性化させることができ、人的被害も抑制しつつ長期的な経済活動の停滞も回避できる可能性があるからだ。

こうした原則をふまえたうえで、それでもなお、短期的に受ける負の経済的影響が甚大な規模に及ぶことで多くの個人や企業が行き詰ってしまう可能性もあるという点を意識した議論の必要性は高い。特に、短期的に強い感染拡大防止策をとったとしても早期の感染収束が実現できない可能性もあり、経済的影響を軽んじることはできない。こう考えてみると、行動制限に伴う正の効果と負の効果をきちんと評価して、トレードオフをふまえた政策運営を行うというのは、実に大変な困難を伴う意思決定であると言えるだろう。

COVID-19の感染実態が不明な中にあっては、人的な被害の最小化を目指すために、疫学的な視点に基づく分析が先行して進められることが自然な流れではあるが、政策対応がもたらす負の経済的な効果を定量的に把握するための取り組みを継続して行っていくことも重要となる。実際、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が2020年5月4日に発表した提言では、「長期的な対策の継続が市民生活や経済社会に与える影響という観点からの検討も行う体制整備を進めるべき」として、経済の専門家による議論の場の設置が強く求められ(新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言〔2020年5月4日〕)、5月12日からは4名の経済学者が新型インフルエンザ等対策有識者会議の「基本的対処方針等諮問委員会」に名を連ねている(同諮問委員会の役割や新型コロナウイルス感染症対策専門家会議との関係などについては、同委員会に参加する大竹文雄氏のnote記事、「専門家会議と諮問委員会」〔2020年5月16日〕を参照)。

こうした議論をふまえて、本コラムでは、Googleが集計する個人の位置情報データと東京商工リサーチがリアルタイムで収集した企業レベルの倒産履歴データを用いることで、日本の足元の経済状況と政策対応の影響の一部を定量的に捉えた、宮川ほか(2020) の研究成果を紹介する。そのうえで、当該研究をふまえた今後の課題や論点についても議論する。

目 次
人々の動きの変化を捉えるデータ:地域モビリティ変動
企業の倒産を捉えるデータ
人々の動きの変化と企業の倒産の関係を見出す工夫
分析の結果:人々の動きの変化が倒産に及ぼす影響
政策的な示唆と今後の展望

人々の動きの変化を捉えるデータ:地域モビリティ変動

まずは、宮川ほか(2020)で用いられた2つのデータの概要から紹介しよう。1つめは、Googleが保有する匿名化された個人の位置情報を同社が集計した公表データである(Google「COVID-19 Community Mobility Reports」)。このデータから、2020年1月から3月にかけて都道府県レベルの個人の行動履歴に基づいて、以下の6つのカテゴリごとに人々の動き(混雑・人出)がどのように変化したかを計測した。

(1) 外食・娯楽(Retail & recreation)
(2) 小売(Grocery & pharmacy)
(3) 公共(Parks)
(4) 交通(Transit stations)
(5) 職場(Workplaces)
(6) 住宅地(Residential)

本研究では、47都道府県×6カテゴリごとに混雑・人出の1月から3月にかけての変動を「地域モビリティ変動」として計測し、分析に用いている。日本全国で見た場合のカテゴリごとの平均的な混雑・人出の変動は、図1の通りであった。最も減少しているのは「交通」で、28%減である。一方、「住宅地」は5.1%増加している。都道府県ごとに見た平均的な人の動きは、図2に示されている。東京都(38%減)、神奈川県(36%減)、埼玉県(34%減)など首都圏を中心に大きく減少した一方で、島根県(10%増)、山口県(9%増)など増加した地域も見られる。

図1 カテゴリごとのモビリティ指標(2020年1月から3月にかけての変動)
(出所)宮川ほか(2020)、表1より作成。


図2 都道府県ごとのモビリティ指標(2020年1月から3月にかけての変動)

(出所)宮川ほか(2020)、表1より作成。

企業の倒産を捉えるデータ

宮川ほか(2020)が用いた2つめのデータは、東京商工リサーチ(TSR)が収集した、2020年2月から3月における企業レベルの倒産履歴データ(全国企業倒産状況)のうち分析に必要な情報が得られた企業サンプルである。このデータを用いて、新型コロナショック後の日本企業の倒産動向を把握する。

ここで注意すべきは、新型コロナショック「後」の倒産動向を正確に理解するためには、ショック「前」の倒産動向のデータと比較する必要があるという点だ。というのも、たとえばショック「後」のデータから特定の業種で高い倒産確率が観察されたとしても、現実には新型コロナショック以外に倒産確率を高めるさまざまな要因が存在しており、ショック後における高い倒産確率だけではショックの効果は評価することができないためである。そこで、ショック「前」のデータを用いて平時の倒産の発生パターンを確認したうえで、ショック「後」のデータで同様の分析を行うことでで「新型コロナショックが倒産確率に与えた影響」を分析することができる。こうした事情から、本研究ではショック後のデータに加えて、ショック前(2019年12月)の倒産履歴データも併せて分析に活用している。

人々の動きの変化と企業の倒産の関係を見出す工夫

以上のデータを用いて、宮川ほか(2020)では、2020年2月から3月の2カ月間で生じた企業の倒産に対して、同年1月から3月にかけての都道府県別の人々の移動の変化を示す「地域モビリティ変動」がどのような影響を及ぼしているかを分析した。データセットに含まれる100万社超の企業の中で、この2カ月間で倒産が確認できた企業は561社(全体の約0.1%)であった。また、先ほども述べたように、ショックの前後で倒産のパターンがどのように変化したかを確認するために、2019年12月の1カ月間に倒産が確認できた161社に対する分析も行う。いずれの場合も、倒産の場合には1を、そうでない場合は0をとる2値のダミー変数として、これを分析の被説明変数として用いた。

説明変数として最も重要なものとして、地域モビリティ変動の指標を用いる。カテゴリごとの指標はそれぞれ高い相関関係にあることから、分析ではどれか1つのカテゴリを含めて推定を行う。具体的には、小売(Grocery & pharmacy)、職場(Workplaces)、住宅地(Residential)の3つのカテゴリにおける地域モビリティ変動に着目した分析が行われている。また分析では、データに含まれる主な業種(建設業、製造業、情報通信業、運輸業・郵便業、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業、医療・福祉)に対応したダミー変数も含めることで、業種の影響についても勘案している(この7業種以外の業種を基準に分析を行う)。加えて、企業の売上高や利益率などの企業の特徴や、隣接都道府県の地域モビリティ変動も分析に含めることでコントロールした分析も行っている。

具体的には、上記のように設定した倒産ダミー変数を被説明変数として、地域モビリティ変動と主要業種のダミー変数を説明変数としたプロビット推定を行う。倒産ダミーについては、2020年2~3月と2019年12月の両時点での倒産記録に対して、同様の説明変数を用いたプロビット推定を行って両者の結果を比較する。それでは、次節でこの分析結果を紹介していこう。

分析の結果:人々の動きの変化が倒産に及ぼす影響

まずは地域モビリティ変動と企業が属する産業を考慮した分析の結果から紹介しよう。ここでは特に小売や職場での人の動き(地域モビリティの指標)が減少した都道府県においては、2020年2~3月における倒産の確率が上昇していることが示された。また、たとえば在宅勤務が増えたことなどにより、住宅地で人の動きが増加した都道府県においても、倒産の確率が上昇していることがわかった。

一方で、2019年12月における倒産の確率に対しては、本研究で用いた地域モビリティ変動のデータとは関係がないことも確認された。つまり、新型コロナショックが起きる前の倒産履歴とショック後の地域モビリティ指標との間には相関がないことが確認される。これにより、ショック後に地域モビリティが変動した地域における倒産確率の上昇は、もともと地域経済が疲弊していて倒産しやすかったなどといった各都道府県の特性を反映しているわけではなく、ショック後の人々の動きの変化が要因となって生じていることを意味する。

この分析で、特に企業が属する産業に着目すると、宿泊・飲食サービス業の倒産確率が、ショックの前と比べて大きく上昇していることが確認された。一方で、卸売・小売業などは大きな変化が見られないなど、業種よって大きな差が見られたことも特徴的だ。

上記の分析結果の傾向は、図3からも見て取れる。図の縦軸は分析から得られた倒産確率に地域モビリティ変動が与えた影響を示す係数の推定値である。小売、住宅地、職場のいずれの地域モビリティの変動を見ても、2019年12月の段階では係数はゼロに近い値となっており、両者の間に相関関係は存在しないことが示されている(四角の上下に延びる線は、推定値の95%信頼区間を示している)。

一方で、2020年2~3月においては、小売と職場の指標はマイナス方向に、住宅地の指標はプラス方向に影響があったことが示されている。これは、先ほど述べた通り、小売・職場での地域モビリティの指標が低下すると倒産確率が増加するという形で逆向きの影響を及ぼしている一方、住宅地においては指標が増加すると倒産確率も増加するという形で同じ方向に影響を及ぼしていることを示している。

なお、図3で示された分析結果は、企業が属する産業を捉えたダミー変数に加えて、売上高や利益率など企業の特徴を捉えた変数を考慮したうえでの推定値である。図には反映されていないが、企業の特徴に着目すると、売上高の伸び率が低い企業が、より高い確率で倒産しているという傾向が、2020年2~3月においてのみ確認できた。このことは、ショック後の地域モビリティ変動が低成長企業の退出につながっていることを意味していると言えるだろう。

図3 地域モビリティ変動が企業の倒産に及ぼした影響

(出所)宮川ほか(2020)、図1より。

その他、宮川ほか(2020)では隣接都道府県の平均的な地域モビリティ変動や取引先の所在する都道府県の地域モビリティ変動なども含めた推定も行われている。この分析からは、たとえば隣接都道府県の地域モビリティ指標が上昇している場合に、当該都道府県における倒産確率が上昇していることが示されている。このことは、当該都道府県で行動制限が課されている一方、隣接都道府県では行動制限が課されていない(あるいは緩い)場合に、隣接都道府県に需要が移動した可能性を示唆していると言えるだろう。より詳細な分析結果は、ぜひ宮川ほか(2020)を参照されたい。

政策的な示唆と今後の展望

このコラムで紹介した宮川ほか(2020)は、COVID-19の拡大を防ぐために導入された行動制限の影響を実証的に検討するために、Googleが公表する位置情報のデータから「地域モビリティ変動」の指標を計測し、人々の動きの変化が企業の倒産確率に及ぼす影響を分析した研究である。分析からは、宿泊・飲食サービス業など特定の業種に対して、3月末までの期間で、すでに経済的に大きな負の影響を及ぼしていることが示された。また、隣接する都道府県の人の動きの変化の影響が当該都道府県に波及してくることも示唆された。

これらの結果からは、以下の4つの政策的含意が得られる。第1に、この研究で用いられたデータは3月末までのものであり、4月7日の緊急事態宣言より前の時点であったことをふまえると、その後のより強い行動制限による人々の動きの変化が倒産確率に与える影響が拡大する可能性があるという点だ。特に、倒産確率の上昇が分析において確認された宿泊・飲食サービス業などには注意が必要である。

第2に、行動制限を課す政策を導入する場合には、自治体間で十分な協調が必要となる点である。これは、分析からで都道府県をまたいだ需要の移動が観察されたことからも明らかだろう。

第3に、人々の動きの変化だけでなく、取引関係にある企業間での波及効果についても注意すべきだという点である。取引関係の起点となる企業が倒産することで、その取引相手を含むネットワークを通じて経済的な負の影響が拡大してしまう可能性がある。企業の支援などの政策ではこうした点も考慮されるべきであろう。

第4に、新型コロナショック後の時期における倒産データの蓄積をふまえる必要はあるものの、企業が倒産や休廃業に至るメカニズムに関する理論的想定をもとにした構造モデルの構築と推定も今後重要となるだろう。こうした試みは、特定の条件(例:緊急事態宣言の延長や解除)が倒産確率に与える影響を試算(反実仮想実験)するために利用可能であり、行動制限政策がもたらす疫学上の効果と経済的な影響を比較検討するために有用である。

本研究では、2020年3月末までの都道府県レベルの人々の動きと企業レベルの倒産のデータを用いて行われた分析であるが、ここで示されたような行動制限政策に伴う経済的な負の影響の計測は、今後も継続的に行っていく必要があるだろう。その際、市町村・日別などのより細かいデータが利用できれば、より詳細かつ正確な分析を行うことも可能となる。また、企業が被る負の影響をより包括的に計測するためにも、倒産に限らず、売上高や取引履歴などのデータがリアルタイムで用いることができれば、より詳細な分析結果が得られるだろう(たとえば、東京商工リサーチは各自治体に所在する企業を対象に新型コロナショック後の売上高の変化を定点観測しており、本研究のフォローアップ分析ではこうしたデータを用いた分析を行う予定である)。

感染拡大を防ぐ目的での個人や企業に対する行動制限政策の効果は、特に疫学的な視点から集中的に分析されてきたが、政策がもたらすトレードオフを構成する重要な要素である経済的な負の効果にも目を向けた議論が重要なことは、本コラムからも明らかだ。エビデンスに基づいた政策的な議論を行っていくためにも、今後、利用可能な経済データが蓄積と、それに基づくさらなる研究の蓄積がますます重要となってくるだろう。

記事作成:尾崎大輔(日本評論社)