| Abstract |
近年では賃金引き上げが大きな政策課題となっており、政府や日本銀行の政策判断にも大きな影響を及ぼしている。その際、賃上げが企業規模別や産業別に幅広く波及しているかを把握することが重要であるが、現実には十分な検証ができていない。これは、代表的な賃金統計である「毎月勤労統計調査」や「賃金構造基本統計調査」の統計誤差が大きく、賃金引き上げの詳細な実像を把握するのが困難であるためである。
本稿では、既存の賃金統計を補完するデータとして、行政記録情報の活用を検討する。行政記録情報は、対象者全員のデータを集計する全数統計であり標本誤差が存在しないほか、標本の偏りによる非標本誤差が存在しないなど優れた特性を持つ。行政記録情報のうち、企業規模別や産業別の詳細なデータが提供される厚生年金データ「厚生年金保険 業態別・規模別適用状況調」を用いて、近年の賃金引き上げの動向をどの程度詳細に把握できるか検証を行った。
検証結果によると、厚生年金データを用いることで企業規模別ならびに産業別の賃金上昇率の変動や賃金上昇率のばらつきを的確に把握することが可能である。例えば、企業規模別の賃金動向をみると、コロナ禍以前の2015~2019年では、中小零細企業での賃金上昇率が高い一方で、大企業の賃金上昇率は低くなっている。この点は、コロナ禍後の2022~2023年においても大きな変化がなかった。しかし、賃上げの動きが一段の強まりをみせた2024年になると、大企業の賃金上昇率が高くなる一方で、中小零細企業の賃金上昇率は低いままであり、大企業主導の賃上げの動きに追従できていないなど状況が一変している。このように厚生年金データを用いると賃金引き上げの動きをきめ細かく把握することが可能となり、政策効果の検証には有効であることが分かる。
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