東京大学政策評価研究教育センター


データの活用例

文章担当:井上ちひろ(2019年度CREPEトレイニー)

令和2年4月、高等教育修学支援措置として、授業料・入学金減免と給付型奨学金の大幅拡充が開始される。この新制度の方針が政府によって打ち出された平成29年12月の「新しい経済政策パッケージ」の脚注では、最終学歴が高校卒業と大学・ 大学院卒業で生涯賃金に 7500 万円程度の差が存在するという(独)労働政策研究・研修機構調べ(2016年)の数値が紹介されている。この記述から、大学進学によって将来所得の向上が期待できるという前提に立ち、大学進学機会の経済的格差を解消しようとする新制度の意図が読み取れる。

一方で、大学進学機会については経済的格差だけでなく地域間格差の存在もしばしば指摘される。ここでは「全国大学学部定員」データセットによる分析例として、大学進学機会の地域間格差の実態について、大学入学定員の観点から検討したい。

各地域における大学の定員は、大学進学に対する障壁を地域間で比較するための指標として有用である。経済学研究では、居住地域に通学可能な大学があるかどうか、あるいはどの程度通学しやすいかという指標が、大学進学障壁の代理変数としてCard(1993)以来幅広く利用されてきた。また日本においては、生活費を含めて考えると、私立大学に自宅通学するのと国立大学に自宅外のアパートなどから通学するので学生生活費用はほとんど差がなく、特に女子の多くは進路決定要因として自宅通学の可能性を気にしているという指摘もある(小林 2008)。したがって、自宅通学可能な範囲で(どれほど)大学教育の機会が提供されているかは、大学進学のしやすさに金銭的にも心理的にも大きな影響を与えると考えられる。このような理由で、大学定員の情報は教育政策評価研究を含めた様々な分野において重要な資料であり、分析・利用のしやすいデータセットとして整理し公開することは有益だと考えている。

以下では各都道府県に設置されている大学の入学定員について検討する。分析には、今回公開するデータセット内の最新の数値である2017年度の定員を用いた。

図1は、2017年度の18歳人口に対する大学定員の割合によって都道府県を色分けしたものである。ここで定員そのものでなく割合を考えるのは、定員の地域間の差には人口の差が反映されると考えられるためである。18歳人口は、「学校基本調査(文部科学省)」による3年前(2013年度3月)の中学校卒業生の数で推計した。

図1 都道府県別18歳人口に対する大学入学定員の割合(2017年度)






18歳人口に対する定員の割合が突出して高いのは東京都と京都府で1を超えており、続く大阪府の0.61に大きな差をつけている。割合が0.5を超えているのはこれら3都府に加え、愛知県・宮城県・石川県・福岡県のみである。人口の差で調整してもなお、大学教育の供給が集中している地域の多くは都市部であることがわかる。近年日本の大学(学部)進学率は約50%で推移しているが、その数値は地方から都市部への移動によって達成されているのである。前述のように自宅外通学は大きな障壁であるため、これにより大学進学を断念している層も潜在的に存在する可能性がある。

このように、大学入学定員の観点のみからも、大学進学機会に大きな地域間格差があることがうかがえる。ここでは各都道府県内の大学定員の合計を検討したが、学問領域ごとに分析を行った場合も、多くの定員が都市部に偏在しているのが同様に確認できる。したがって、大学進学時に現実的に直面する選択肢には、大学定員の差に見られる以上に大きな格差があるおそれがある。もちろん、大学進学機会の格差の問題には大学定員以外の要因も関係している。複合的な分析も含め、本データセットが幅広く活用されることを期待したい。

参考:
Card, David (1993) "Using geographic variation in college proximity to estimate the return to schooling." No. w4483. National Bureau of Economic Research.

小林雅之 (2008) 『進学格差: 深刻化する教育費負担』 (ちくま新書758) 筑摩書房.

内閣府 (2017)『新しい経済政策パッケージ』平成 29 年 12 月 8 日.

図の作成に、Geographic templates of Japan for maptileを使用した。