東京大学政策評価研究教育センター

論文プレビュー:コミュニティ・ユニオンにおける協調達成のメカニズム:世代重複型のくり返しゲームによる解明


論文:Michihiro Kandori and Shinya Obayashi, "Labor Union Members Play an OLG Repeated Game," Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 111 (Supplement 3):10802-10809, 2014.
著者:神取道宏(東京大学)・大林真也(青山学院大学大学)

画像提供:Bobrovee / PIXTA(ピクスタ)

目 次
イントロダクション
事例と理論:繰り返しゲームで読み解く労働組合の協調行動
主な結果:流動的な組織における協調達成のメカニズム
さらなる研究:データに基づく実証分析で補強する試み


イントロダクション

経済理論、ゲーム理論では、人間の協調達成の条件を明らかにすることが、大きな研究テーマの1つとされてきた。協調し合えれば全員にとってより望ましい結果が得られるにもかかわらず、それがうまく実現できないことは、現実の社会問題を見ても明らかである。

なぜ、協調の達成は難しいのか。このことを解明するための理論としてまず挙げられるのが、「くり返しゲームの理論」である。そして、くり返しゲームの理論で明らかにされてきた協調達成のための一般的な方法の1つは「当事者同士が長期的な関係性を築く」というものだ。しかし、この理論には膨大な研究蓄積があるものの、これまで理論と現実の関係については必ずしも明らかにされてはこなかった。くり返しゲームでは戦略や均衡が無数に存在するうえに、人間同士の戦略的な読み合いも考慮に入れると分析は非常に複雑なものとなり、モデルと現実の間に距離があるとみなされる場合が多いためである。

本稿で紹介するKandori and Obayashi (2014) は、くり返しゲームが示す協調達成のための理論的な解がどのように現実の状況で機能しているかを検証するために、現実の事例を丹念に調べ上げ、そこで起きていることを理論に基づいて分析する。それを通じ、これまで明らかにされてこなかった理論と現実の関係を明らにしていく。

本論文は、理論に基づいた事例研究(ケース・スタディ)という方法をとっている。そこでは、「コミュニティ・ユニオン」という特殊な労働組合が事例として取り上げられている。コミュニティ・ユニオンとは、労働者が個人で加入できる地域の労働組合である。そこには、さまざまな企業から多様な問題を抱えた人々が集まってくる。また随時メンバーが加入し、自分の問題が解決すれば脱退していくメンバーの流動性が非常に高い組織である。では、このような事例の中で、どのように協調達成のメカニズムが明らかされていくのだろうか。

事例と理論:繰り返しゲームで読み解く労働組合の協調行動

コミュニティ・ユニオンの特徴
既存研究では、メンバーがあまり入れ替わらない状況で長期的な関係が維持される「結束の強い社会」では協調が達成されるということはよく知られているものの、コミュニティ・ユニオンのようにメンバーが頻繁に入れ替わる「流動性の高い社会」でどの程度協調の達成できるかということは、理論的にも実証的にも明らかにされていなかった。

本論文では、「東京管理職ユニオン」というコミュニティ・ユニオンの事例を取り上げている。この労働組合は、メンバーが頻繁に入れ替わるにもかかわらず協調が達成されているという点で、理論的にも非常に興味深く、上記の謎を解明するための格好の事例であった。

コミュニティ・ユニオンとは、日本において一般的な企業別労働組合とは異なり、個人で参加できる組合である。また多くの企業別労働組合は、当該企業の正社員にしか加入資格が与えられていないが、コミュニティ・ユニオンはその地域の労働者であれば、非正規の労働者、外国人労働者、また労働組合のない小規模企業の労働者など、誰でも1人で加入できる、個人参加型の労働組合である。これは日本に独特な制度であり、ヨーロッパやアメリカではこうした産業や職種等を問わない個人参加型の組合は法的に認められていない。

ユニオンに参加するメンバーは、別々の会社から集まっており、個々人が自身の問題を抱えている。また、メンバーのほとんどは自分の問題が解決すれば組合を脱退するため、非常に頻繁に構成員が入れ替わる組織となっている。実際に東京管理職ユニオンの人の出入りを調べてみると、毎月10人程度の新規加入者がいて10人くらいが脱退し、メンバーの在籍期間は中央値で1年程度であることがわかった(2012会計年度の加入・脱退状況は図1を参照)。このことから、世代重複型のくり返しゲームの構造に非常に近いことが確認できた。

図1 2012年(会計年度)のメンバーの加入・脱退状況


ここで本論文における、協調(助け合い)行動の定義を明確にしておこう。組合は、組合員のために企業に団体交渉を申し入れて交渉を行う。しかし団体交渉で労働紛争が解決することは稀であり、多くの場合は交渉が決裂した後に、争議行為や裁判、各都道府県の労働委員会によるあっせん等による調整などといった次の段階へ進むことになる。争議行為とは、労働者側の主張の正当性を訴えるためにビラを撒いたり演説をしたりといった形で行う抗議活動である。近く自身の争議行為を予定しているメンバーは、メールで事前に組合内に周知し、協力を呼びかける。紛争当事者とは異なる会社に勤める組合員が当事者を支援して一緒に行う争議行為を「合同争議」というが、本論文ではこのように他者の争議行為に参加することを協調行動と定義する。同様に、裁判や労働委員会でのあっせん等が開かれる場合に傍聴に行くという形で支援することも協調行動とする。こうした争議行為等を通じて、おおむね1年程度で自分の抱える問題に対する結論が出る。自分が勝っても負けても、多くのメンバーは自身の紛争に結論が出れば、組合を脱退していくことになる。

理論に基づいて協調達成の条件を分析するにあたって、東京管理職ユニオンの事例が持つ大きな優位性は、そのシンプルな構造である。現実の多くの企業や組織は、世代重複型のくり返しゲームの構造であるとみなせなくもない。例えば、トヨタ自動車のような大企業はずっと存続しているが、従業員は採用されて勤務し、多くは定年になると辞めていく。確かにこの点では、世代重複型のゲームの性質を持っている。しかし、トヨタのように巨大な組織は非常に複雑な構造で、考慮すべきポイントは他にもさまざまに存在し、何をもって協調行動とするかを明確に定義することが難しい。一方、東京管理職ユニオンのケースは上述のように非常に単純な構造をしており、複雑な事象が絡むことなく協調行動の定義を明確に与え、理論に対応させて考えることができる。そのためこの事例は、理論が示すようなことが現実の中で起きているのかどうかを検証する、絶好の材料となりうるのである。

協調を阻む問題はどこにあるのか
それでは、この事例のように頻繁に人が入れ替わる組織で協調が達成されるには、どのような点が障害になるのだろうか。同一人物の長期的関係を想定する通常のくり返しゲームの理論では、まずAさんがBさんを助けたら、次はBさんがAさんを助ける、という互恵的関係に着目する。しかし人が頻繁に入れ替わる組織では、AさんがBさんを助けたとしても、将来Aさんが助けをもらいたいときにはBさんが組織を抜けているかもしれないという問題が生じる。

加えて、助ける行動をとるには、実際にはかなりのコストが掛かる。メンバーは普段、自身の会社でそれぞれ仕事をしているので、他者の争議行為に参加するには会社を休む必要があるし、交通費等々の費用も掛かる。こうしたコストを負担してでも他者を助ける動機が維持されているのは、将来何らかの見返りが期待できるメカニズムが彼らの中で働いていると考えるのが自然だろう。しかしこの事例の場合、自分が助けた相手がすぐに組合から脱退してしまうか可能性が高い。ならば、ここで協調が達成されるには、将来新しく加入するCさんが、過去に協調行動をとったAさんを助けるような構造になっていると考えられるものの、その場合にも次のような問題が生じる。

ここで、新規加入したCさんが、Bさんから支援要請のメールが来ているにもかかわらず、先輩のAさんが助けに行かなかった状況を目にしたとしよう。このときCさんには、Aさんが協調せずに怠けているように見える。しかし、この事実をもってAさんが協調しない悪い人だと簡単に結論づけることはできない。なぜなら、AさんがBさんを助けなかった理由として、以下の2つの解釈が可能となるためである。

(1) Aさんが悪い人で、怠けている。
(2) Aさんは協調的な良い人であるが、支援を求めているBさんが過去に怠けたため、Aさんが罰を与える目的で助けていない。

しかし、新参者のCさんは過去の出来事を知らないので、Aさんが上記のどちらの理由でBさんを助けないのか区別できない。Aさんが怠けているのであれば、CさんはAさんに罰を与える必要がある一方で、Aさんが協調的であるならばCさんは将来Aさんを助けなければならない。ところが、Cさんは両者を区別できず、どちらの対応が望ましいのか判断できないのである。

このような状況は、くり返しゲームにおいて、過去のプレイヤーたちの行動の履歴に関する情報を全員が共有していないものの、各人が個別に不完全な情報を持っている状況として定義されており、理論的には「私的観測の下でのくり返しゲーム」という状況として描かれる。このように特徴づけられたゲームは均衡をみつけるのが非常に難く、理論的にどのようなことが言えるかは長い間明らかにされてこなかったものの、ここ十数年くらいで急速に研究が進み、少なくとも理論的には、一般的な仮定のもとで協調が達成されうることが示されていた。しかし、そこで提示された理論的な協調のメカニズムは非常に複雑で、現実に適用できるようなものではなさそうだと考えられていた。

本論文は、このように必ずしも明らかではなかった、くり返しゲームにおける理論と現実の関係を解明するための分析を行っている。理論に基づいて、東京管理職ユニオンで実際に何が起き、どのようにして協調が達成されているかを明らかにするために、当事者たちへのインタビューやデータの収集を含めた詳細な調査を通じて検証したのである。

主な結果:流動的な組織における協調達成のメカニズム

まずは当初の仮説であった「トリガー戦略」(相手が協調していれば自分も協調するが、1度でも相手が協調から逸脱するとその後は自分もずっと協調しない戦略)について検討した。トリガー戦略に基づけば、もし誰かが怠けたら、他のメンバーも一斉に怠けるようになり、将来誰も協調しなくなる。しかしインタビューでは、そうした考えを持った人は存在しなかった。また実際問題、各人が支援を要請されたすべての抗議活動に参加することは無理であり、トリガーとなる「怠けた」行動を明確に定義するのも難しい。通常、くり返しゲームで協調が達成されるには、プレイヤーが事前の話し合いで各人の行動を明確に設定することを前提となる。しかし同ユニオンの場合は、メンバーが頻繁に入れ替わることもあり、厳密な話し合いを通じて行動を明確に規定するという前提には無理がある。そのため、神取氏と大林氏はトリガー戦略ではこの事例の協調メカニズムを説明できないだろうと考えた。

次に考えた仮説は、「評判のメカニズム」に基づく協調の達成であった。この理論では、各メンバーが他者の過去の行動を知らなくても、それに基づいた評判は知っているという状況を考える。そこでは、各人は他者を助けることで良い評判が得られる一方で、怠けると自分の評判が悪くなるという形で、評判が更新されるメカニズムが存在する。この評判を通じて、新規メンバーが過去の経緯を知らなくても協調が達成されると考えたのである。しかしインタビューを通じ、こうした評判が組合員の中で流通している事実はないことが判明しため、評判のメカニズムに基づく理解も今回の事例には当てはまらないと判断した。

それでは、このユニオンではいかにして協調が達成されているのだろうか。神取氏と大林氏はさらに詳細なインタビューを重ねて、メンバーの次のような行動に着目した。ある人が他者の争議行為に参加すると、当事者以外の他の参加者にも出会う。そして、その場では彼らの間で次の争議行為についての情報交換が行われる。すると、今度はそこで出会った人の支援に行くこともあるし、反対に助けに来てもらうこともある。このことは、それぞれの争議行為に参加していた人たちの間で、協調が生まれていることを示唆している。そして、こうした構造で本当に協調が達成できうるのかを、「世代重複型のくり返しゲーム」の理論モデルを用いて検証し、この方法が機能する可能性を示すことができたのである。 ところでこのモデルでは、先に指摘した、「新参者のCさんが、AさんがBさんを助けなかったのは、Aさんが怠け者だからなのか、過去に怠けたBさんを罰するためだったのかを区別できない」という問題をどのように解決しているかのだろうか。

なぜ、過去に自分が争議行為で出会ったことのある人を助けるといった単純な行動でこの問題がクリアできるのか、一見するとよくわからないように見える。しかし以下のように考えると、非常に納得しうるメカニズムが働いていることがわかる。

各メンバーは、頻繁に争議行為への参加呼びかけのメールを受け取り、争議行為に参加すれば多くの人から自分の争議にも参加してほしいと依頼される。ここでは、どの争議行為に参加しても、将来自分を助けてくれる人(つまり、怠け者でなく協調的な人)に出会える確率はおおむね同じであり、出会った誰を助けても将来自分が助けてもらえる確率は同じであると考えられる。メンバー自身も忙しいので、すべての支援要請に応えることはできない。その場合には、自分が出会ったことのある人を優先的に助けるという行動がとられていることが、インタビューを通じてわかった。

ここで、過去に誰に出会ったかというのは、その人が持っている情報である。メンバーが支援に行く理由は、争議行為に行けば将来自分の助けてくれる誰かに会えるためである。ここで重要なのは、メンバーはどの人が将来自分を助けてくれる人なのか(つまり他者の過去の行動履歴)は知らないが、どの争議行為に行っても同じ確率で将来助けてくれる人と会えることで、自分が持っている情報に基づいて過去に出会った人を助けるという行動規範を通じ、助け合いの行動がメンバーの間で維持されるという点である。これにより、協調が均衡として実現しているのである。

このようして観察された微妙な協調メカニズムは、実は、私的観測下のくり返しゲームで理論的に示されていた「信念不問均衡」(belief free equilibrium)に非常に似た構造となっている。既存の理論研究では、「他人を助けても罰しても、自分の利得は変わらない」という状況は、事象を確率的に扱う混合戦略という概念に基づいて、非常に複雑な形で描かれてきた。しかし、そうした描写に対しては、「理論的にはおもしろいかもしれないが、現実にはそんなに複雑な行動はとられないだろう」という批判がなされてきた。ところが、本論文で行った事例研究は、基本的なアイデアとしては理論と同様のメカニズムが働いて協調が達成されているという可能性を示唆している。すなわち、理論が示してきた可能性を裏づける重要な証拠となりうるものを提示したと言えよう。

さらなる研究:データに基づく実証分析で補強する試み

ただし本論文では、インタビューを通じて事例における協調達成の理論的な可能性を発見し、簡単なモデルでそれが均衡となっていることを示したところで留まっており、その他の多くの組合員が本当にそうした行動をとっているかどうかについての証拠を厳密に示すには至っていなかった。 そこで2018年7月現在、著者らはメンバーの争議行為等への参加履歴の詳細なデータを収集し、本当に上記の協調メカニズムが働いているのかを計量経済学的に検証するための研究を継続的に行っている。

「背景: 理論経済学者と社会学者が共同で挑む「協調の謎」の解明」へ

CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。