東京大学政策評価研究教育センター

背景:メタボ健診はその目的を達成できているのか?



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なぜメタボ健診・特定保健指導が必要か?

「メタボ」(メタボリックシンドローム、内臓脂肪症候群)という言葉がすっかり定着し、40歳以上の方々のなかには、毎年の健康診断で行われる、いわゆる「メタボ健診」で、特に腹囲(ウエストのサイズ)の計測が気になる人も少なくないのではないだろうか。このメタボ健診は、正式名称は「特定健診」と言い、40~74歳の被保険者やその扶養者である医療保険加入者全員が毎年受診を義務づけられている、メタボに着目した健康診査だ。

またメタボ健診の結果、腹囲が「男性85㎝、女性90㎝」という基準値を上回り、かつ生活習慣病に関する心血管リスク要因とされる血圧、血糖値、コレステロール値(脂質値)が基準値を上回る人は、「特定保健指導」の対象となり、指導を受けることが推奨される。また、腹囲が基準値を下回っても、BMIが25以上で上記リスク要因のいずれかが基準値を上回れば指導の対象となる(喫煙の有無なども考慮される)。

特定保健指導は各医療保険者(国民健康保険、被用者保険)が提供するもので、「積極的支援」と「動機付け支援」の2つがある。積極的支援は、メタボリックシンドロームに当てはまる人が対象となるもので、生活習慣の振り返りと改善の目標を設定し、実行に移すきっかけを作ることを目的に、保健師等の面談と一定期間の経過確認などのサポートが行われる。動機付け支援は、その予備群とされる人が対象となるもので、上記に加えて改善のための行動が継続できるように、一定期間連絡を取り合うなどのサポートが行われる(詳しくは、厚生労働省「e-ヘルスネット」などを参照)。

このメタボ健診・特定保健指導は2008年度から導入されたもので、現在では毎年、メタボ健診は約2800万人以上、保健指導は約100万人以上もの人々が受けている。「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づいて実施されているが、その背景には、日本における高齢化の進展と、疾病全体に占めるがん、心疾患や脳血管疾患、糖尿病などの生活習慣病の割合の増加があるとされている。そうした状況下で、国民の生涯にわたっての生活の質の維持・向上、およびその結果としての中長期的な医療費の適正化を目的として、メタボ健診と特定保健指導が実施されてきた(詳しくは、たとえば「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ 2019年度 取りまとめ」などを参照)。制度導入の後(2009年)に厚生労働省が公表した「政策レポート」でも、医療費に占める生活習慣病の割合が約3割、死亡数の割合は約6割と、多くの割合を占めることが強調されている。参考までに、図1では2009年の「政策レポート」と、2014年の『厚生労働白書』で示された医療費と死因に占める生活習慣病(がん、高血圧、脳血管疾患、虚血性心疾患、糖尿病)の割合を示している。

図1 高齢者就業率の推移(年齢階層別)

(注)政策レポート2009年の医療費は「平成17年度国民医療費」、死因に占める割合は「平成17年人口動態統計」より。厚労白書2014年の医療費は「平成23年度国民医療費」、死因に占める割合は「平成25年人口動態統計」より。
(出所)厚生労働省「政策レポート 特定健康診査(いわゆるメタボ健診)・特定保健指導」、『平成26年版 厚生労働白書』。


メタボ健診はその目的を達成しているか?

上記では、メタボ健診・特定保健指導導入の背景と主な目的を簡単に確認した。はたしてこの制度は、導入の目的を達成してきたと言えるのだろうか。具体的には、メタボ健診・特定保健指導が、受診者の肥満に関する数値(体重、BMI、腹囲)や心血管リスク要因に関する数値(血圧、血糖値、コレステロール値)をどの程度引き下げ、健康の改善と生活習慣病の予防に貢献してきたと言えるのだろうか。

メタボ健診・特定保健指導には、年間500億円以上の費用が掛かっているとされている(厚生労働省保険局資料)。さらに、保険者や受診者の負担、PRのための費用などといった事業の間接的なコストまでを考慮すると、それ以上の大規模な予算が費やされていると考えられる。しかし、これだけの費用をかけた事業であるにもかかわらず、これまでに行われたさまざまな先行研究や政府の検討でも、分析に一定の限界があり、メタボ健診と特定保健指導が上記のような生活習慣・健康の改善に確かにつながっていると言えるかどうかは、必ずしも明らかにされたとは言えない状況であった。

そこで、CREPEFR-15の「論文プレビュー」で紹介する論文、Fukuma S, Iizuka T, Ikenoue T, Tsugawa Y. (2020) は、近年経済学に限らずさまざまな学問分野やビジネスの現場などでも用いられるようになっている「因果推論」の分析手法を活用して、厳密にメタボ健診で特定保健指導の対象となることが、人々の健康を改善する効果をもたらしたか否かを厳密に検証した研究だ。この論文は、経済学分野の研究者である飯塚氏と、医学分野の研究者である福間氏、池ノ上氏、津川氏の共同研究である。

 飯塚氏は、以前から経済学の立場で、健康診断が人々の健康の改善につながるかどうか、その費用対効果に関する検証を行ってきた。特に、糖尿病の診断基準に着目して、予防医療の費用対効果を厳密な因果推論の手法で分析した研究なども発表してきた(Iizuka, T., Nishiyama, K., Chen, B. and Eggleston, K. (2017) "Is Preventive Care Worth the Cost? Evidence from Mandatory Checkups in Japan," NBER Working Paper 23413)。

健康診断などの健康への効果や費用対効果を、因果推論の手法を用いて厳密に分析した研究は少ない。また、メタボ健診・特定保健指導は各医療保険者がばらばらに行うものではなく、国が一律で義務づける全国民を対象とした政策介入である。こうした政策を実証的に評価した研究もあまり行われていない。その意味でも、経済学と医学の研究者が共同で行った今回紹介する研究の意義は大きい。

本研究では、全国規模の被用者健康保険に加入する人々(特に男性)の健康診断データが用いられており、非常に信頼性の高い分析結果を得ることができた。はたして、メタボ健診で特定保健指導の対象となることは、人々の健康改善にどの程度寄与しているのか。分析にあたっての具体的な工夫や分析に活用したデータ、その主な結果、および研究から得られた今後の政策の改善点へのヒントなどは、ぜひ「論文プレビュー」をご覧いただきたい。

「CREPEFR-15 論文プレビュー:メタボ健診の保健指導に効果はあるか?:エビデンスを活用した評価と改善」へ

CREPEフロンティアレポートシリーズはCREPE編集部が論文の著者へのインタビューをもとにまとめたものです。